※※ はじめに ※※
この小部屋を見つけてくださって、ありがとうございます。
こちらは、kou様の作品を読ませていただいたときの、感想などを綴っているお部屋です。
今回はこちらの作品です。
『路地裏に消えた歌』 kou 様
https://kakuyomu.jp/works/2912051606644215818※※ 以下、ネタバレを含みます ※※
⚫︎ 「ゴミ溜めが」
古い街並みが残る鴉ノ杜地区。
物語の冒頭、瀬戸敏夫は汚れた革靴を見下ろして、この言葉を吐き捨てます。
きっと磨き上げられた、綺麗な革靴を履いてきたのに、鴉ノ杜地区へ通うことで泥がついてしまったんでしょうね。
彼に与えられた役割は再開発。
この迷路のような路地裏を一掃し、無機質な高層ビルへと浄化することだ。住人から強引に判を奪い取る。それが敏夫のやり方だった。
(本文より)
(余談:“迷路”って、前作の『男女の迷宮』からモチーフが続いているようでした)
「浄化」。
この「浄化」という言葉に、立ち止まりました。
古い。
不便。
効率が悪い。
それを汚い物と見て、『浄化』して、新しくした方がいい、という。
外側から見れば、きっとそうなのかもしれません。けれど、その場所で長く暮らしてきた人にとっては、そこはただの「古い地区」ではない。そこには、その場所で過ごした時間があり、記憶があり、生活がある。
もちろん、古いものを残すことだけが正しいとは思いません。変えていかなければならないものもあるでしょう。
でも。そこにいる人間にとっての、合理的であることと正しいことは、必ずしも同じではないのだろうな、と感じました。
⚫︎ ひとつの場所が、二つに割れるとき
ここまで読んでいて、ふと一冊の本を思い出しました。
J.K.ローリングの『カジュアル・ベイカンシー 突然の空席』。
それは、小さな町で起きた、ある議員の突然の死。そこから生まれた議席の空席をきっかけに、町の中に表に出ていなかったいろいろな対立が表へ出てくる、というお話です。
同じ町に住んでいるのに、考えていることは、もちろん同じではない。
何を残したいのか。
何を変えたいのか。
誰のためにそうするのか。
それぞれに言い分があり、それぞれが自分なりの「正しさ」を持っている。
そして対立は、大人たちだけでは終わらなくなり、家庭の中へ入り込み、子どもたちの関係にも影を落としていく。そんな作品です。
……と言いましても。
実は私、この作品を最後まで読んでいないんです。
なぜかというと、読み進めるほどに、人と人との間に亀裂が入っていく様子があまりにもリアルに生々しく感じられて、最後まで読むのがとてもつらくなってしまい、途中で本を閉じてしまいました。上下2冊。読み応えのある本でしたが。
フィクションなのだから、続きを読めばいいのですが、どうしてもそれができませんでした。
今回『路地裏に消えた歌』を読んで、【感想のお部屋】を頭の中で組み立てている時、ふと、久しぶりにこの本のことを思い出しました。
読んだのは、もう随分前のことなのに。
⚫︎ 「残したい」「変えたい」
鴉ノ杜の中でも、再開発を進めたい側と、それを拒む側がいるのだと思います。
「再開発推進派の筆頭」である地主がいる一方、「退き拒否者の家」という言葉もあるから。
ただ、この作品では敏夫があまりにも非情でその“悪”が強いので、読者としては鴉ノ杜内の軋轢までには目が向きません。でも現実なら、きっともう少し複雑なのでしょうね。
『カジュアル・ベイカンシー』だけでなく、たとえば、地域を二分する問題など、ニュースでもそのような場面を目にすることがあります。
古い場所を残したい人がいる。新しくした方がいいと思う人もいる。
不便でも、ここがいい。便利になるなら、変わってもいい。
どちらにも、その人なりの理由がある。
そして、ひとつの場所について意見が二つに割れたとき。
昨日まで同じ場所で普通に話していた人が、ある日突然「反対側の人」になることもあるのかもしれません。
場所が変わっていくということ、再開発が進むということは、建物や道路だけの問題ではなくて。
そこで暮らしている、人と人との関係まで、動かしてしまうことがある。
『カジュアル・ベイカンシー』を思い出したのは、たぶん、そんなところだったのかなと思います。
今作では、鴉ノ杜地区の住人たちの意見の相違は描かれていませんでしたが、もし、住人側の描写もあったら、なんて。そんなことまで想像を巡らせていました。
“話し合い”の顔をして、何かが“もう決まったこと”として進み始めたとき。
「ちょっと待って」「それで本当にいいの?」
と声を上げる人は、ときに面倒な人に見えるのかもしれないなぁ、と。
物事を滞らせる人。話をややこしくする人。なかなか納得しない人。という分類にされますよね、きっと。口汚い言葉を吐く瀬戸敏夫には、「何様だ」「大人しくしてろ」と言われそうですね。今作では、そういう面倒くさい人間には「強引に判を奪い取る」対応だったのでしょうね。瀬戸敏夫よ。
でも。
その人が守ろうとしているものまで、「面倒なもの」とは限らない、かもしれないなと思いました。誰かが声を上げなければ、そのまま消えてしまうものだってあると思います。
……などと考えながら。自分だったら、どうするのかなと考えてみました。
再開発側は、「再開発ありき」で進めるでしょうからね。
「こーんなに“いいこと”が待ってますよぉ」と、メリット(かのようなもの)しか見せないはず。
うーーん。わたしがもし、鴉ノ杜の住人だったらどうするかしら。
「仕方がないよね」と、すんなり飲み込める人間ではないのだろうなぁ、と思います🤭
ごねるのではなく。
“再開発のメリット”もお聞きしながらも、“鴉ノ杜”の良さもわかって欲しいと思います。一方的ではなく、双方向で。ちゃんと“理解したい”と思うだろうなぁ、と。
折り合い、落とし所を見極めつつも。やはりちゃんと自分の意見を持っていたいです。
ニュースなどで利権が絡んだ、そんな場面を見て以前から理不尽、強引、傲慢を感じていたので、少し熱く語ってしまいました。
⚫︎ 「声」を聞くということ
『路地裏に消えた歌』で、とても印象に残ったのが、歌を運んでくる「声」でした。
最初に聞こえてくる、子どもの歌声です。
二つ、封じられ声枯れる
(本文より)
そして、本当に声を失う人が出てくる。けれど物語の最後まで残ったのも、また「歌声」でした。再開発に関わった人々が次々といなくなり、計画そのものが立ち消えても、
今も、どこからか無邪気な子供の歌声が聞こえてくる。
(本文より)
歌声は消えないのですね。
読者様からのコメント欄も読ませていただきました。
そこでkou様が書かれていた、
「法の力では裁けない理不尽や、踏みにじられた人々のやりきれない思い」
という言葉にも、とても考えさせられました。
力を持つ側と、持たない側。
何かを決めることのできる人と、その決定を受け取るしかない人。
意見を言う機会があったとしても、それだけで「声を聞いてもらえた」ことになるのでしょうか。(形だけの“住民説明会”とか、明らかに権限が上のものへ意見するとか)
説明することと、声を受け取ること。
似ているようで、違うものなのかもしれません。
「声」について考えていて、以前、別の作品の【考察のお部屋】で「声」に言及していたことを思い出しました。その時、わたしは「血=生命」「声=存在」と書いていました。
あの作品では、声を得ることが「存在すること」の始まりでした。
今作では、声を失う人がいる。存在そのものを失う人がいる。
それでも、最後まで残ったものは、誰の姿でもなく、「歌声」でした。
もしかすると声というものは、存在の証明であるだけではなく、存在が消えたあとにも残るものなのかもしれません。
それに。あの「声」自体が少女の声をした、「土地の声」だった、のかしら。とも思います。
冒頭の瀬戸敏夫は、最初から住民を「人」としてほとんど見ていないですよね。
「ゴミ溜め」「退き拒否者」「クソガキ」「ババア」
全部、相手を一人の人間として見る言葉ではない。“声を聞いていない”んです。
人の声を“聞く”ということは、その人がそこにいることを『存在ごと受け取る』こと。
逆に、人の声を“聞かない”ということは、その人の『存在を勘定に入れない』ことにも近づいてしまうのかもしれない。
だから。
最後に「とうとう消えちゃ」うんだと思いました。
だって。元々、自分が『相手の存在を受け取っていなかった』から。
⚫︎ 消そうとした人が、消える
まさに一番の、この作品のおもしろいところは、
【再開発によって鴉ノ杜を「消す」側だった敏夫が、最後には自分自身を消されてしまう】だと感じました。
再開発の総責任者・瀬戸敏夫が居ないだけでなく、存在そのものが消えていたのだ。
驚くべきことに、本社のデータベースを調べても、彼の社員記録は存在しなかった。同僚たちも「瀬戸」という名の男を最初から知らなかった。
彼が存在したという全ての証明――戸籍、記録、写真までもがなくなり、やがて関係者の記憶からも完全に消えていった。
(本文より)
こわーーい😱
瀬戸敏夫本人が「そこにいた」という証明そのものがなくなってしまう。
一方、消されるはずだった鴉ノ杜は残りました。そして、歌も残ります。
タイトルは『路地裏に消えた歌』ですが、
古いものを消そうとした人が消え、古い場所と、そこに宿っていた声が残る。
本当に、このkouさんの反転が大好きです。
⚫︎ 「お仕事?」
そして、少女のこの一言。
「やめろ! 俺は、俺は仕事をしただけだ!」
敏夫は叫んだ。
「お婆ちゃんを殺したのも、お仕事?」
少女の首が、先程の老婆と同じ不自然な角度にまで、ゆっくりと、深く傾けられた。
「ひ、違う! 悪いのはババアだ!」
(本文より)
こわーーい😱(2回目)
ものすごく怖いのですが、この作品の中で私はここがとても好きです。
少女が、一瞬で“仮面”を剥がしてしまう場面。
「仕事だから」
「決まったことだから」
「自分が決めたことではないから」
もう、最後の最後まで“自分ごとではない”瀬戸敏夫。利権で甘い汁だけ吸って、責任は取らないのか。
そう言ってしまえば、自分がしたことまで、自分のものではなくなるのでしょうか。
もちろん、仕事として何かを進めなければならない立場もあるでしょう。
それでも、その先には「人」がいる。「声」がある。
この少女の短い問いかけは、敏夫がそれまで積み上げてきた自己弁護を、たった一言で崩してしまったように感じました。
⚫︎ ずっと残っていたもの
あとがきも、とても興味深く読ませていただきました。
学生時代に読まれたという『呪術と占いの日本史』。
「まだ私の頭の中に残っていたことに少し驚く。」という一文が、妙に心に残りました。
人の記憶って、本当に不思議ですよね。
忘れてしまったと思っていたものや、忘れたことさえ忘れていたものが、何かをきっかけに、突然、現在へ戻ってくることがある。わたしも直近で経験しました。
それは、ずっと取り出さなかっただけで、本当は消えていなかったもの、なんでしょうね。
記憶って本当に不思議です。
そう考えると、この作品そのものにも少し重なって見えました。
消そうとした場所は残り、消えたはずの歌も、まだ聞こえている。記憶も、声も。
見えなくなったからといって、必ずしも、消滅したわけではないのかもしれませんね。
⚫︎ おわりに
それにしても。
子どもの無邪気な数え歌というものは、どうしてこうも怖いのでしょう。
「十で、とうとう消えちゃった」
「妙に澄んだ子供の歌声」
少女が歌っているとのことで、かわいい声で脳内再生してるわけですが、だから余計になのかしら。
とても怖いお話でしたが、読み終わったあとに残ったのは、怪異そのものの怖さだけではありませんでした。
合理性だけでは測れない時間や記憶があること。そんなことを、ずいぶん考えることができた、そんな作品でした。
では、また『感想のお部屋』でお会いいたしましょう👋
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
kou様へ
とてもおもしろかったです!
そして、いろいろ考える機会にもなりました。
今回をきっかけに「声」について【考察のお部屋】を読み返してみたわけですが。まぁ、ずいぶんと肩に力が入っていて、お恥ずかしい(//∇//) がんばっていたんですよ、きっと。
でも、あのとき考えた「声」と、今回の「声」は、同じようでいて少し違って見えました。
あちらでは、声が生まれることで存在が始まった。
今回は、人が消えたあとにも声だけが残る。
同じkouさんの別々の作品を読んで、以前自分が考えたことに、また違う方向から出会う。
そんな読み方ができたことも、今回ちょっと嬉しかったです。
【感想のお部屋】へのコメントに、kouさんが「その昔はホラーが苦手で」とおっしゃっていて、数々の映画の様子を教えてくださったこと、とても不思議な気持ちで拝見しました。
えー。そんなに怖がってたお人が、こんな怖いもの描けるようになってしまうの??と。
創作って不思議で、すごいものですね。
映画で言えば、わたしが以前の【感想のお部屋】でもタイトルだけは挙げていました、『マッドマックス/サンダードーム』をテレビで観た夜。
夢の中でずっと“バケツにreverse(嘔吐)”し続けるという、苦しい夢を見たんです。
でも、朝起きてみたら、それが夢ではなくて……。
まぁここでは詳しくは控えますが😅 それは、大変なことになってました。まさに大惨事! あら大変。
サツキちゃんとメイちゃんも言ってました。
「夢だけど!」「ゆめじゃなかった!!」って🌱
(大惨事の想像を、純粋なふたりに「浄化」してもらいました🤭)
何がそんなに、わたしの心身にヒットしてしまったのかは、それ以来その映画を観ていないのでわからないのですが、子どもだったし、強烈に印象に残ってしまったんでしょうねぇ。
子どもと言っても高校生くらい?でしたが。
あれはテレビ放映だったのか、はたまた家族がレンタルしてきてたものだったのか。
ヒャッハー!な世界観が、高校生のわたしには、刺激が強すぎたんでしょうか。
まぁなんと純粋な高校生ではないですか笑
もしくは。
たまたまその晩に、胃の調子が悪いなどの身体的な原因があって、それを睡眠中の脳が「吐き続ける夢」に組み込んだ可能性もありますけどね笑
すっかり秋らしくなってきましたね。長袖が必要な時期になってきました。
kou様におかれましては、季節の変わり目、どうかご自愛くださいませ。
お元気でいてくださいね。
そして、また素晴らしい世界を読ませてください。
それでは、また( ´ ▽ ` )ノ