「センパイ、傘っ!」
放課後の教室に、篠崎が飛び込んできた。
両手で捧げ持っているのは、先週の土砂降りで貸した俺の傘だ。
ただし、様子がおかしい。
「……なんか、妙にぱりっとしてないか」
「はいっ! 乾かして、アイロンまでかけました!」
「傘にアイロンをかけるな」
布地の折り目が、面ごとにきっちり揃っている。
持ち手まで磨いてあった。
「借りたときより綺麗にして返すのが礼儀ですから」
「礼儀の方向がおかしいんだよ」
こいつは、こういうところで絶対に手を抜かない。
「いいなあ。あたしも借りればよかった」
一花さんが机に頬杖をついて、恨めしそうな顔をした。
「一花さん、自分の傘持ってただろ」
「持ってたよ。でも、返しに行く口実がないじゃん」
理屈が完全に逆走している。
「合理的に考えて」
二葉さんが顔を上げた。
「雨の日に傘を忘れる確率は、事前に置き傘を処分すれば100%まで上げられるわ」
「上げるな」
「わ、私も……傘、いらないかも」
「三桜さんまで何言ってるんだ」
雨の日に全員が手ぶらで昇降口に立っている未来が見えて、俺は自分の傘を鞄へしまった。
この傘は、もう誰にも貸さない。
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