「センパイ、その教科書……あっ」
昼休み。
数学の教科書を開いたところで、廊下から顔を出した篠崎が声を上げた。
俺も同じところを見ていた。
昨日まで白かったはずの余白が、きれいに埋まっている。
まず目に入ったのは、ページを横切る一本の線だった。
その内側が斜線で塗り潰してあって、脇に「ここからここまであたしの領地」と書いてある。
「一花さん。これ、いつ描いた」
「んー? 昨日の五限。寝てる間に国境線引かれちゃったね、誠」
悪びれもしない。
その下には、定規で引いたとしか思えない直線の表があった。
曜日と時刻が並んでいて、放課後の欄だけ色が変えて塗ってある。
「二葉さん、これは」
「マコトの可処分時間の可視化よ。空いている時間を本人が把握していないもの」
把握したくない。
さらにその隣では、丸っこい生き物が三匹、手をつないで並んでいた。
「三桜さん」
「か、描いちゃった……。誠くんの教科書、余白が広いから」
教科書は落書き帳じゃない。
三人ぶんの主張でページの半分が潰れている。
閉じようとして、指が止まった。
いちばん端に、鉛筆で小さく、消えそうな字が書いてある。
――がんばれ。
「……これは?」
「わ、私のです!」
篠崎が慌てて手を伸ばしてきた。
「消しますか? 消しましょうか?」
「いや」
俺は教科書を閉じた。
三人ぶんの落書きは笑って消せるのに、この四文字だけは、どうも消しにくい。
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