本日、ついに第54話をもって、通訳官シュミットとエレーナの物語が完結いたしました。
ここまで、彼らと共に地獄のような雪原を歩んでくださった皆様に、心からの感謝を。
物語の終わりにあたって、どうしても書き留めておきたいことがありました。
それは、シュミットがなぜ、すべてを捨ててまであの女――エレーナを選んだのか。
始まりは、ほんの「戯れ」でした。
占領地の通訳官として、自分の中に蓄積された教養を誇示するように、彼は彼女に問いかけたのです。
かつてのロシア皇族が使っていた、気位の高い、あまりに美しすぎるロシア語で。
それは戦場には不釣り合いな、無力で高貴な「死語」でした。
普通なら、鼻で笑われて終わるはずの虚勢。
けれど、彼女は笑わなかった。
彼女はその「戯れの言葉」を、正面から、等身大の重さで受け止めたのです。
絶望に凍りついていたシュミットの心臓を、その知性で、その眼差しで、静かに射抜いた。
その瞬間、彼は気づいてしまったのです。
「ああ、俺と同じ『言葉の檻』に閉じ込められた人間が、ここにもう一人いる」と。
彼女を救うことは、シュミットにとって、自分自身の最後の一片の「正気」を救い出すことと同義でした。
だからこそ、彼は地獄を渡りきることができた。
バビ・ヤールで失われた無数の数字。
クルトが遺した、震える一文字。
ハンス・プラッツという男が最期に見せた、遅すぎた人間への帰還。
それらすべてを「帳簿」に刻み、そして最後にその帳簿を捨てたとき。
シュミットはようやく、誰のものでもない「自分の名前」を取り戻しました。
辛くて、世知辛くて、先が見えなくて。
執筆中、私自身も何度も涙し、震えながらペンを走らせました。
でも、皆様が彼の「翻訳」を見届けてくださったからこそ、彼はあの日、本当の夜明けを見ることができたのだと確信しています。
雪原に刻まれた二人の足跡は、きっと今も、物語の向こう側で静かに続いているはずです。
最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました。
死を訳し、生を編む。
この物語が、皆様の心の中に、一筋の「生(Ж)」という文字を刻めたなら幸いです。