どうも、千古不易です。
古い友人からはじっちゃんと呼ばれ、親しまれておりました。
なにか話題ないかなと思い、ふと思い付いた話題なんですが。
『質感』の扱いについて。
今回の短編を読んだ方は薄々感じたと思うんですが、創作の方向性が此処でない何処かへ連れていく、より、今この場の空気を書きたいんですよね。
寒空の澄んだ美しい星より、それに悴む指先、乾燥、震え、吐息の熱。鼻を突く冷たさ、渇き、匂い、臭い、を書きたい人。
これって方向性の違いなんですよね。もっと綺麗に出来るし、透明な文体にも出来る。劇的にもやれる。実際それで功績は得られて、そっから捻じれちまった訳ですけど。
あ、重い話じゃないすよ。ただ、こうした方向性の人ってウェブだと評価され難いよなと。こりゃもう、シンプルに戦う場所を間違えとるからなんすけどね、この質感タイプ。
個人的に種類を分類すると
質感の扱い方 三タイプ
一
映像的な、絵画のような美しさ。風景、光景を切り取って、その美しさを、視覚情報を読者に正しく伝えるタイプ。
演出、淀みないカメラワークが強い。ウェブで一番多いタイプかな……?
イメージとしてスポットライトの強弱、位置、タイミングが綺麗な感じ。現実を冷徹に記述するから『照明器具』や『写真』みたいな感じなんだけど、伝わるかなぁ。
映像の傾向が強いかな。
二
情緒的な美しさ。これは一より色彩が豊かだったり、と言った話ではなくて。絵画のような、は変わらないんだけどアプローチがもっとレトリックだったりする。生理的な汚さとかを排した、異界感を描いたり、そうした世界を創るタイプです。
アプローチの違いとして、一よりもっと心をターゲットにしています。そこにある現実を、唯一無二の言葉で飾るのが上手い。透明感の中に私的な演出を入れたり。これはまさに『絵』のタイプ。
一枚の綺麗な絵画を仕上げる人、こうした人はウェブでも詩的とか綺麗、とかコメントされてるように思います。一枚の取り出し方が上手いよねー。
で、次にこいつ
三
現実をそのままもってこようとするタイプ。
アプローチはそれぞれあるけど、汚いもんは汚いし、美しいもんは美しいし、或いは矛盾したりもする。上記の二つとの違いは異常に温度とか匂いとか、その場の景色より人間に執着してる点。異常に固執する、リアルを。
鑑賞より体感を優先するタイプですね。生理的なものとか。
これは、写真とか絵のタイプとも違って、現実を書きたいだけなんだけども。
このタイプはねえ……大概、様子が可笑しい。気をつけてくれ。いや、冗談だけども。
技術的には……どれもたいして変わらないかなと私は思います。
ウェブにおいては圧倒的に不利です、知る限り、このタイプはマジで評価が上がらない傾向がある。同じタイプで評価とか伸び悩んでいる方は、素直に公募勢になりましょう。
エンタメ系ではなく一般を目指してください。あなたの現実をいまかいまかと待つ読者もいらっしゃるのです。
とまあ、皆さんはどのタイプ?
使い分けはあるでしょうが、好きなタイプはあるかなと思うんですけど。