• に登録
  • 異世界ファンタジー
  • 創作論・評論

重語について


 どうも、特筆して語らねばならないお知らせはないのですが、こりゃ呟きなんですけどね。

 皆さんは頭痛が痛い、などの表現は間違いだと思いますか。

 文法的な正しさで言えば間違いとされますが、頭痛が痛いは少し違う捉え方が出来ます。

 つまり頭痛を症状、痛いは感想と見る考え方です。そうすれば客観的な言葉と主観的な言葉の組み合わせなんだと分析可能なんですが、こうした言葉の絶妙なニュアンスや質感を私は考えるのが大好きなんですよね。

 常日頃から考えを巡らせている訳ですが、皆さんはどうでしょう、こうした事をしてます?

4件のコメント

  • 頭痛が痛いは、少し違和感を覚えますね。
    ところで、この「違和感を覚える」も、変と言えば変ですね。感覚を覚えるという二重表現になっているので、通常は「違和」を覚える、が正しいはずですが、今ではそうとも言い切れないようです。

    この場合、
    頭痛が痛い → 意味の二重化
    違和感を覚える → 構文の再解釈

    という違いはあるのかもしれません。

    ただ、言語は理屈よりも使用実態が勝つものなので、これは言葉が進化……、いえ、変化していった結果だと思います。
    例えば、「全然」は否定の意味で使われがちですが、本来は肯定の意味です。そして今では、どちらでも取られるようになっています。

    まあ、きっと「感感俺俺」みたいなものかな、とも……?
  • 正確な日本語とはことなるかもしれないですが、そう解釈はできますね。
    この場合、頭痛が(、)。痛い とすれば、~がするを省略したものとして、無理なく文章にはなります
    元々口語で語られいた→文語と勘違いされた、とも考えられますね
    重ね言葉は気を付けていてもやっちまいますからねえ。時には強調でわざとという場合もありましょうからねえ。
  • 神山さんへ

     そうです、正に。とは言え、作品で扱う事は少ないのですけど。こうした再解釈、定義する手順をキャラ造形の深掘りとかにも応用したりは出来るな、とも思ってます。

     言葉遊びに近い部分はありますが、しかし同時に説得力の一つとして活用したり可能なんですが。

     例えば夢や理想の違いを定義したりするのも楽しいじゃないですか。夢は望むもので、理想は居場所を求める事だ、とか。まあ、なんとなくこう言った感性って創作では大事やなと思ってます。
  • とーまなさんへ

     文法的な正しさは全てに於いて優先される訳ではない、のは当然として。レトリックで終わらせるだけでなく、なにかしらの活用はしたくなっちゃいますよね。

     ちょっとした遊び心ではありますけど。例えばゴキブリは御器被り(器を齧る虫の意)でしたが、誤植を経てゴキブリと定着したりしたもんですが、こうした正しさと誤りの瀬戸際が好きなんすよね。

     有名なのは知恵熱、例え、黄昏る、須らく、とかですか。

     重語に関しては本当に間違いなのか、とも思う言葉はありますよね。この、なんだろ、言葉遊びでもありそうだけど文字に真摯なだけみたいな? のを考えるのは楽しいっすよね。

     中々活用出来ないんですけど……
コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する