後日談のような感じで一つ。
しかし、この感じで何か書きたくなるキャラばかりだなーと。
今回は限定解除状態になっておりますので、悪しからず。
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「来るがよい、若僧が!」
そう呼ばれたケイレブは厳しい顔で剣を抜いた。
対するジルジオは軽い身振りで周囲の騎士や兵士に下がるようにと合図した。その仕草には逆らえぬ威厳のようなものがあって、誰もが大人しく身を引いた。
距離をとって向き合うジルジオとケイレブ。
そこは美しい花が咲く花壇に囲まれた広場で、アルストルの街中にある大公家の邸宅の一角であった。
ジルジオもまた剣を抜き、軽く振って具合を確かめる。その視線は一瞬もケイレブから外されることなく、鋭く睨み付けるような具合だ。
一方でケイレブは古びた外套姿で微動だにしない。
そうして二人が向き合うと、辺りに激しい緊張が奔る。周囲の見物人が圧倒される空気感だ。実際に年若い兵士などは、緊張で立っていられず座り込んでいた。
「あのように操られるとは、お主は上級冒険者であるというのに――」
ジルジオの眼光は鋭く燃え上がるような迫力だった。
「何をやっておるであるか」
そのままジルジオは何気なさすらある足取りで前に出て、そのまま腕を伸ばし剣の先を横に向けている。ただし視線は相変わらず強いままだ。
ケイレブも同じように前に出ているが、むしろ剣を身に寄せている。
間合いに入った途端にジルジオの剣が一閃され、それをケイレブが弾いて防ぐ。激しい動きで剣が打ち合わされ、何度目かの金属音が響いたとき、ジルジオは蹴りを放った。しかしケイレブは予期していたように肘で迎撃、剣先を翻し下からの斬撃を見舞う。
ジルジオは身を翻した。それは隙だらけに見える大きな動きだった。
しかしケイレブはそこに斬り込みはしない。軽く突きだした剣が、即座に弾かれてしまったからだ。そしてジルジオが再び身を翻し、鋭い動きで斬りかかる。殆ど目にも留まらぬ攻撃だった。
ケイレブも同時に横薙ぎに剣を振っている。
全ての動きが止まった――そう思えるぐらい、二人は同時に動きを止めていた。それぞれの剣は、相手の身体に触れるギリギリで止まっている。
「……まあ、こんなものであるな」
「肝が冷えますよ、本当に」
「ぬかせ小僧が」
「そう呼ばれる年ではありませんがね」
二人が軽口を言い合い剣を納めても、まだ周りは動けないでいる。誰かが忘れていた呼吸を再開し荒い息を繰り返したところで、その外の人々も我に返った。少しずつ声があがり、やがて両者を讃える歓声へと変わった。
「爺様さぁ、気は済んだ?」
アヴェラは呆れ顔で声をかけた。
この二人が剣を交える場を手配したのはアヴェラだ。数ヶ月前に取り憑かれ操られるという失態を犯したケイレブを鍛え直すとジルジオが言いだし、いろいろ考えて大公家の中庭での戦いを用意したのであった。
騎士や兵士への良い刺激になるだろうと考えてのことだ。効果は抜群で、抜群すぎて中には興奮しきって咆えているような者すらいる。確かに英雄譚や伝承でしか出ないような凄まじい戦いだったので仕方がない。
「おうおう、アヴェラや。気が済んだであるぞ」
ジルジオは楽しそうだがケイレブはそうでもない。
「ほんと困りますね。付き合わされる身になって貰いたいですよ」
「やっかましい。ちっとは気を引き締めい!」
「はぁ……」
「よく聞け。今の戦いぐらいの緊張感も経験の一つ、しっかりと覚えておけい。この先もし同じ事があろうと、少しは緊張が保てるであろう。我ながら良い事をした、わーっはっはっはっ!!」
「全くなんて人だ。その台詞? その台詞に覚えがある。僕は似た台詞を、ずっと昔に。そう、あれは――」
ケイレブは急に黙り込むとジルジオを見つめた。
「あん? なんであるか」
「もしかしてジル? アルストルの門に通行証が必要だった頃、僕に剣を教えてくれたジルなのか!?」
「はぁん? あー、そういや。なんか小汚い小僧がおったな。名前はケイなんとかであったな。そう言えば、お前の名前はケイレブだ。なんてこったい、あの時の小僧がお前か」
ジルジオの言葉にケイレブは額に手をやり天を仰いだ。
「……嘘だ、そんな馬鹿な。ジルは格好良くて立派で素晴らしい人だった」
「おう、まさに儂ではないか」
親指で自分の顔を指しポーズを決めるジルジオに、ケイレブは長年の夢を打ち砕かれた者のような顔をして肩を落とす。そのジルという人物を心の拠り所として、憧れていたに違いない。
だが現実は非情であったというわけだ。
中庭にケイレブとジルジオを置き、アヴェラは邸宅に足を運ぶ。擦れ違うメイドや従者と気さくに挨拶を交わし進むのだが、一緒に居るイクシマはさておきノエルはまだまだ緊張気味だ。
「ノエルも、もっと慣れた方がいいぞ」
「でもアヴェラ君みたいにはいかないよぉ……」
「先王様が態々会いに来た人間が何を言うのやら」
「いやさ、そうだけどさ。でもね、あれは凄くびっくりしたんだよ。もちろんさ、お父さんが王様だったのは分かってたけどね。お爺ちゃんが先王様というのはね。あとジルジオさんの親友だったとかさ」
親友云々はジルジオが言ったことであり、ノエルの祖父の態度と反応からすれば、親友は親友でもいろいろ苦労して大変だったことは察せられた。だが、それを言わないだけの優しさがアヴェラにはあった。
「ノエルよ、お主の謙虚さは美徳であるが。しかし、もそっと堂々とせい」
「うん、頑張る」
「我らはこれから、もーっといろいろ大変になるのであるからな」
「でもね、いつか私の子供が生まれたら目立たず大人しく生きて欲しいかな」
話す内に到着した先はナニアの部屋だ。入口に控えていた従者が恭しく扉を開けてくれるので、そちらに礼を言いながら入室する。
しかし座るように促してくれたナニアの様子はおかしかった。
何か思い悩むような感じである。
「どうしたんです?」
アヴェラが問い、ナニアは軽く頬を膨らませながら答えた。
「最近、知り合いの婚約パーティの案内。その、いちいち送られて来る無視できない案内がとっても恐くって。ほんと次期大公って、なんなのでしょう」
「…………」
ノエルとイクシマは首を傾げ戸惑っているが、アヴェラは理解できた。それは前世の記憶で似たような状況だったからだ。しかし理解できたとて、相手を慰め助言するような言葉は思いつかない。
「ねえアヴェラ、分かりますか。次期大公ですよ、次期大公。それに釣り合う相手というのは、どんな人なのでしょうね」
「恐らくは、王家ですかねぇ……」
アルストル大公となれば並の貴族など比肩するどころではない。そうなると血筋としては王家ぐらいしかない。
「そうですね。その王家で独身男性って、どんな方か知ってます?」
「生憎と疎くて」
「二歳の男の子です。後は奥様を亡くされている先王様ぐらいですね」
ノエルが口にしていた飲み物に咽せた。これは運が悪いとかの理由ではなく、誰だってそうなるものだ。咽せるノエルの背はさすってやれるが、しかしナニアに対しては唸るしか出来ないアヴェラだった。
「そもそも竜騎姫ナニアだなんて呼ばれて。竜騎姫って何なのでしょうね」
建物の向こうから間の悪いカオスドラゴンが顔を出している。物欲しそうな顔だ。どうやら、お酒が貰えないかと思って飛んできたらしい。イクシマが両腕をクロスさせる様子を見て、すごすごと顔を引っ込めて行く。なおジルジオに見つかり模擬戦という名の勝負を挑まれ悲鳴をあげるのは、もう少し後だ。
「最近はお父様も諦め具合で。しかも侍従長やメイド長も何も言わなくって、むしろとても優しいのですよ」
「…………」
「優しさが、時には人の心を傷つけるものだと知りましたよ」
ナニアは深々と息を吐き、一転して笑顔を見せた。
「ところで、最近ニーソさんとノエルさんとイクシマさんと婚約されたというアヴェラ。話は変わりますけど知ってますか、従姉妹とは結婚出来るのですよ。ねえ、アヴェラ。私に何か言いたいことはありませんか、言いたいことは」
「さ、さぁ……何でしょうか」
「私は結婚なんてしなくても構いませんよ。ただ、子供が欲しいだけなんです。ええ、次期大公なんですから。相手が分からぬまま子供を産んだとして、誰にも何も言わせない権力があるのです」
「…………」
これは危険だとアヴェラは感じた。戦術的撤退を決断しようとするが、しかし扉の方で何か重い物が動かされ置かれるような音がした。窓を見やれば、以前とは違い鉄で補強されていた。
「さあ、ゆっくり皆でお話ししましょうか」
ナニアの笑顔の前で、アヴェラもノエルもイクシマも緊張気味に互いの顔を見るしかなかったのである。