最終話:純白

「……おっし、良い感じだな」


 電子レンジから耐熱容器を取り出し、キッチンペーパーを丁寧に取り除く。

 独り言で呟いたとおりに、真っ白な木綿豆腐は良い感じで水切りが完了。白井綿衣子は出来の良さに満足して、ニヤリと微笑みました。


「いつもはこの辺りで、キヌがスカートをめくりに来るんだか……無いなら無いで、寂しいモンだな」


 綿衣子はそう呟くと、身に付けているミニスカートを捲り上げて、白色のパンツを自ら晒しました。……とはいえ、パンツを見て喜んでくれる相手は誰もいませんので、すぐにスカートから手を離し、手を洗って豆腐を手のひらに乗せます。

 挽肉ダレが待機しているフライパンに、包丁で木綿豆腐を一口大に切って投入。崩しすぎないようにゆっくりとかき混ぜながら煮立てていきます。


「そろそろ、かな……?」


 豆腐が十分に煮立ったところで、綿衣子は水で溶いた片栗粉を流し込んで、料理にとろみを付けていきます。火を止めて、カレー皿を準備。ご飯は炊き上がっていますが、お皿によそうのはもう少し先です。


 綿衣子はキッチンから離れると、ウエットティッシュでテーブルを丁寧に拭き上げていきます。

 そして冷蔵庫から、ノンアルコールのハイボールを取り出していると――――。


「ただいまっ、綿衣子~!」

「お邪魔するよ、綿衣子」


 玄関を勢いよく開けて、そこから本白水絹華キヌと……高野レイの二人が揃って入ってきました。


「二人とも、お帰り。晩飯なら、たった今できたトコだぜっ」

「やった~!!」

「これが無いと、週末を迎える気分になれない。今晩もご馳走になるよ、綿衣子」

「ああ、沢山作ったから、お代わりが欲しけりゃ言ってくれ」


 嬉しそうな声を上げる二人に応えるように、三本のハイボールをテーブルに配置しました。

 二人が服を着替えて、パンツ丸見えの格好でテーブルに着座するタイミングに合わせて、綿衣子はカレー皿に『麻婆ライス』をよそい、まずは二人の分をテーブルまで持って行きます。


    *


 綿衣子とキヌ、二人が公園で『一緒に歩む』ことを決めてから五年が過ぎ、三十六歳となった二人は元気に生きていました。


 二人は『アルコール依存症』の治療のために医師の診断を受けて、いきなりの断酒ではなく『飲酒量の低減』を目指すことに。合併症が無かったのが幸いとはいえ、特に飲酒歴の長いキヌは厳しい様子でしたが、それでもアルコール量を少しずつ減らしていき、今ではアルコールをまったく摂取しなくても生活できるようになっています。


 キヌが頑張るようになった切っ掛けは、『綿衣子のため』以外にも理由があり……。


 すべての始まりは、例の『活発な女子高生』の服装で繁華街を遊び歩いた際に、『本物の』女子高生達や、大学生や社会人になったばかりの若い女性達と仲良くなり、彼女達に懐かれるようになったことからでした。彼女達の品位が(綿衣子の第一印象と違って)正直あまり良くないことが目に付いたことで、『これは大人である自分達が反面教師になってはいけない!』と、綿衣子とキヌは少しずつ服装や規律を正すようになったのです。このようなことは、かつて奈々子(※大学時代の、変態級の彼女)と出会ったときにもあったような気がします。


 そして彼女達が『悪い大人』に騙されないように、お説教にならないよう注意しながら便利な知恵を教えてあげたり、ただ一緒にカラオケやゲームで遊んであげたりしたことで、いつしか彼女達の相談役&何かあったときの助っ人として頼られるようになったのです。


「あの子達が懸命に頑張ってるのに、大人のアタシ達がだらしなく酔っ払ってちゃイケナイよね~」

「だな。『悪い大人』の見本に、オレ達自身がなってやる必要はねぇよな」


 そんな感じで、いつの間にか二人はアルコール無しの生活に耐えられるように『なってしまった』のでした。


    *


 そんなことをして毎日を楽しんでいるうちに、この『活動』は自然と大きくなっていき……。


 いつの間にやら二人に大勢の『ファン』ができており、二人の知らない間に『』という、極めて意味不明、かつ珍妙な愛称が付けられていたのです。

 愛称の『セイフク』部分は『制服』に掛けたもので、二人が着ている女子高生(風)の服装が由来となっています。一方で『同盟』の由来と、『世界セイフク』という大げさな愛称になった理由については、現在も良く分かっていません。


 この事実を教えてくれたのは、グループチャットのメンバーから離れたときから連絡を絶っていたレイからでした。電話の着信拒否まではしていなかったので、久々に電話を受けた綿衣子は色々な意味で驚いたものです。

 彼女のバンドは、イギリスのレコーディングが終わった後、程なくして解散。その後はソロで活動していたのですが、アニメ映画のタイアップで制作した主題歌が大成功したことで、一躍有名人となっていたのでした。その後はアイドルアニメの主人公に声優として大抜擢。アニメのファンからは『うまい棒(※演技は棒読みっぽいがキャラに合っている、という褒め言葉)』と呼ばれつつも愛されており、一期で終わる予定だったアニメは二期の制作決定で盛り上がっている模様です。


「『世界セイフク同盟』ねぇ。ワルモノっぽい感じで、冗談じゃねぇ。オレもキヌも、一線は越えねぇようにしてるハズなんだけどなぁ……」


 綿衣子はレイにそのように返したのですが、まあ本当に悪いことは一切していないし、愛称で呼ばれること自体は悪い気分でもないかな……というのも本音だったりします。


    *


「例のOVAの『提案』について、いよいよ覚悟は決まったか、二人とも?」

「アタシはイイよ~。三十六歳で制服着てアイドル役って、ちょっとドキドキするよね~」

「オレはビクビクして、今でも泣きそうだよ。なぁ、今からでも考え直してくれねぇか、レイ?」

「考え直して、俺はお前達二人を推したんだ。弊社うちのマネージャーはもちろん、仲間キャストやスタッフ達も、みんなお前達を気に入っててやる気満々だよ。二期の終盤でサプライズ登場させようかって案も出てるみたいだしな。……まあ、いよいよ諦めるんだな、綿衣子」

「マジかよぉ!!」


 レイの『提案』とは、二期終了後に制作するオリジナルビデオアニメ(OVA)において、綿衣子とキヌに『世界セイフク同盟』として出演してくれないか……というものでした。レイが主役を務めるアイドルのライバル役で、もちろん綿衣子達も『世界セイフク同盟』として歌を披露することになります。しかもこのアニメは『声優本人が生で歌唱するライブ』も定期的に開催されており、当然ながらライバル役である綿衣子達もこのライブにゲスト出演することが、自動的に決定することになるのです。

 大学時代はレイの演奏でキヌとツインヴォーカルをやったものですが、果たして現在でも(歌唱や容姿が)人前で披露して問題ない代物か、出演のために練習を重ねている今でも綿衣子はまったく自信を持てませんでした。


「ところで綿衣子~、アイドルとか声優って『副業』に入んのかな?」

「会社規則を調べてみないと、何ともだな。総務に聞いてみっか。……正体バレについては、もぅ覚悟するしかねぇんだろうな」


 綿衣子の紹介により、現在キヌは綿衣子と同じ会社で働いています。体調面を事前に説明してあるため勤務時間は短めですが、真面目に働いてくれるため社内の評判は上々です。実家からの仕送りについては全額貯金をして「何かのタイミングで、プレゼントを買ってお返しする」とキヌは話してくれています。

 今日は金曜日。綿衣子は夕飯を作るために、この日はキヌより早く帰宅していたのでした。


「歌の練習とかで色々忙しくなりそうだ。なるべく配慮はするが、身体の調子が悪くなったらすぐに言ってくれよ、キヌ」

「うんっ。ありがとう、レイっ」


 綿衣子に『世界セイフク同盟』のことを教えてくれた直後、レイは綿衣子達のアパートにやって来て、その際にキヌへ(部屋を追い出したときの)謝罪をしました。キヌもレイに謝罪をしたことで、二人のわだかまりは完全に解消されています。


 ちなみに杏子はレイによって実家に戻された後、厳しい嫁入り修行の後に結婚する予定だ……とレイから聞かされました。彼女の今後の幸せを考えるなら、結婚式には出席しない方が良さそうだと、三人で語り合って結論を出しています。

 奈々子の行方は相変わらず不明ですが、まあどこかで適当に生きているのでしょう。あの公園で将来を誓い合ってから、キヌが彼女の名前を譫言で出すことは、完全に無くなった様子です。


    *


「ところで綿衣子、引っ越しの準備は進んでるか?」


 夕食の後片付けをしている綿衣子に対して、シャワーを浴びて下着姿となったレイからそのように問い掛けられました。


「元々荷物もそんなにねぇし、旧い家具とかは全部始末する予定だよ」

「そうか。まあ二期の放送開始前に済ませてくれればいいよ」

「分かった。引っ越しシーズンが終わったタイミングを見計らって、速攻で動くようにするぜ」

「了解した。俺の方はいつでも受け入れOKだ。引っ越し費用は弊社うちで持つし、応援も出すから、マネージャーに言っておいてくれ」


 綿衣子とキヌの二人は、レイが現在住んでいるマンションへのルームシェアの準備を進めています。『レイが有名人になったことで、セキュリティの高い建物に全員が集まったほうが安全だろう』と、レイの会社のマネージャーが配慮してくれたのです。

 なお、このアパートについても玄関とベランダに監視カメラが追加されています。こちらもマネージャーの計らいで設置してくれたものでした。


「ところでレイ……そのパンツ、ホントに気に入ってんだな」

「ああ、履き心地が最高だ。線は出やすいが、ジーパンならその心配もないし、この厚さならわざと露出させても問題無さそうだ」

「綿衣子は『パンツ選びのセンス』があるんだよね~」

「何だよ、『パンツ選びのセンス』って。ってか、露出させんじゃねぇ。レイがやったら、マジでシャレになんねぇだろ!」

「それは綿衣子も言えないだろ?」

「だね~♪」

「うっ! そっ、それを言われると、何も言えねぇ……!!」


 レイとキヌにも(※一緒にお風呂に入っていた)そのように言われてしまったことで、綿衣子は本当に何も言い返せなくなってしまいました。

 レイが毎週遊びに来るようになってから、『間違えて』綿衣子のパンツを履いてしまったことで、彼女もこれを相当に気に入ってしまったのです。


「まあ、レイも『パンツシェア仲間』の一員、ってコトで~」

「ああ。『パンツシェア仲間』ということで、今後ともよろしくな」

「だから『パンツシェア仲間』って何だよ!! ……『世界セイフク同盟』といい、オレが関わるネーミングセンスが全部微妙なのは、一体どういうワケなんだ……?」


 綿衣子は苦笑しながらも、ノンアルコールのハイボールを二人に差し出します。


「まぁいいや。オレもシャワー浴びてくっから、適当にやっといてくれ」

「ありがと、綿衣子~」

「俺は布団を敷いておくよ。今晩も、三人で『川』の字になって一緒に眠ろう」


 ハイボールを受け取ると、ニコニコとした笑顔を返してくれるキヌとレイ。綿衣子も二人に笑顔を返して、脱衣所に向かったのでした。


    *


 脱衣所の中に脱ぎ置かれた、キヌとレイの白色パンツを洗濯ネットにまとめて放り込む綿衣子。

 あのときの公園で『二人で一緒に歩んでいく』と決めてから、ずいぶん色々トンデモな事態になってんじゃねぇか? ……と、綿衣子は内心笑ってしまいます。


 キヌもそうだが、自分やレイも、果たしていつまで一緒に生きていけるのだろうか?

 三人で新しい絆が紡がれて、そして新しい世界が広がっていく。その内容は遠大かつ広大すぎて、綿衣子の想像する範囲を超越していることは間違いないでしょう。


「……まぁ、今グダグダ考えてもしょうがねぇ。こういうときは『思考の打ち切り、結論の先送り』だ」


 どこまで行けるか分からねぇけど、とにかく『パンツシェア仲間』同士、これからも三人で仲良くやっていこう。

 綿衣子はクスリと微笑みながら、心に小さな『勇気の火』を灯したのでした。


    【完】

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