第四話:告白

「飲めるか?」

「うん、ありがとぉ……」


 自動販売機で購入した、冷たいミネラルウォーターをキヌに差し出す綿衣子。

 キヌはそれを手に取ると、キャップを豪快に開けて、グビグビと気持ちよさそうに飲み干しました。


 ここは往路で休憩した公園。

 奈々子のマンション(跡)からキヌを背負って戻ってきた綿衣子は、彼女をベンチに座らせて休ませていたのでした。キヌの言葉の受け答えはキチンとしており、顔色も悪い様子はなく、救急車を呼ぶ必要は今のところなさそうです。

 両足をキュッと内股にして、中が見えないように短いスカートを押さえるキヌ。先程のキヌの発言を思い出して、綿衣子はその理由を問い掛けるのを止めました。


 綿衣子は自分用のミネラルウォーターを半分飲み干すと、キヌの隣にドカッと腰掛けて、靴を脱いで大きく足を広げます。


「綿衣子、パンツが丸見えになってるよ~」

「そんなん、いつものコトじゃねえか。それより、しばらく酔いを覚ましてこうぜ。……もう少し、近づいてもいいか?」

「えっ、うん、いいけど……でもアタシ、今汗かいてるから……」

「別にいいぜ。臭いキヌでも大歓迎だ」

「どういう意味だよ~!」


 『臭い』と言われて不機嫌になったキヌ。

 綿衣子はそんなことは気にしない、といった感じでキヌの首に腕を回して、ギュッと自分の胸に抱き寄せました。キヌはビクンと大きく反応しましたが、しばらくすると諦めたのか、綿衣子の方に身体を預けてきます。


「そういえばさ……どうして綿衣子は、パンツ見せても平気なの?」

「何だよ、ヤブから棒に」

「今もそうだけど、全然気にしてないじゃん。このイマドキな女子高生な格好もそうだけど、綿衣子ってもしかして露出狂?」

「ヒデぇ言いようだが、まぁ確かに気にしてねぇか。キヌも分かってるだろうけど、このパンツは生地が厚めのヤツで、あとマメに買い換えてるしな。それに……もしオレが男だったら、むしろパンツが見えるのはご褒美みたいなモンだろ」

「何それ。男に見せるためにやってんの?」

「違う」


 キヌの言い方に若干の侮蔑を感じたことで、綿衣子は即座にそれを否定しました。異性に見られても気にしないのは本当ですが、『それ』が目的ではありません。


「ごっ、ゴメン……」

「ああ、いや、別に怒っちゃいねぇよ」


 『怒らせてしまった』と悪びれている様子のキヌ。綿衣子は『気にしていない』という言葉の代わりに、彼女の頭を優しく撫でてあげました。キヌは特に嫌がることなく、綿衣子にギュッと身体を寄せてきます。

 日はかなり傾いている郊外の公園に、不思議なほど人の往来はまったくありません。


「……オレさ、中学ん頃からテニスやってたんだ」

「テニス? 部活か何かで?」

「ああ、部活だよ。テニスっていったら、ほらあの、『スコート』って超短いスカートあんだろ。あの『競技のために特化したスタイル』っていうか、実際にそれ着て競技してる選手達(プロ)の活躍を見てさ、オレもやってみてぇ……って思ったんだよ」

「おお~、綿衣子はスポーツ少女だったんだねっ」


 キヌの感想に若干の敬意を感じたことで、綿衣子は少し嬉しくなりました。


「身体動かすのが好きだったからな。それで中学でテニス部に入ったんだけど、そこは誰もスコートを身につけてなくて、試合中も短パンとかスパッツ着用が基本だった」

「ありゃ、想像と大分違った訳だ~」

「ああ。ありゃあ妙に、動きづらい感覚があったんだよ。実際はそんなに差はねぇんだろうけどさ、多分」

「まあ『気持ちの問題』ってのはあるよね~」


 キヌは話を合わせるように答えてくれると、綿衣子の方へさらにギュッと身体を寄せてきました。先程まであった遠慮感と抵抗感は、今のキヌからは完全になくなっている模様です。


「うん。それでガマンならなくなって、小遣いでスコートと『アンスコ』……『アンダースコート』っていう二枚履きのパンツだな。それを買って身に付けてみたんだ。そしたら……」

「そしたら?」

「すっげえイイんだ。動きやすくて、活発になるって感じかな。言っとくが露出目的じゃねえぞ。……それからはずっとアンスコ履いて練習して、試合にも出てた。成績もそこそこイイ線行ってたし、高校では全国大会にも出られたんだぜ」

「全国大会!? すごいじゃん、綿衣子!」

「へへっ。……まあ結果は、見事な敗退だったけどな」

「ありゃ、そうだったんだ……」


 自分より遙かに高いレベルの選手達と実際に戦い、上位層との差を肌で実感した綿衣子は、結果としてプロテニスプレイヤーへの道を断念しました。

 とはいえ、身体を動かすのは現在でも好きなので、時々スコートとアンダースコートを身につけて、オートテニスを楽しんだりしています。


「まぁそんな感じで、もう完全に慣れちまった、って感じだわ」

「おお~、結構ちゃんとした理由でビックリした」

「心配すんな、こっから面白くなる。……んで大学に進学して、そこでキヌやレイ、杏子……ああ、奈々子の名前は出さない方がイイか?」

「ううん、もう大丈夫~」

「そっか。……そして、あの奈々子に出会ったんだよ」

「『あの』奈々子かぁ~」

「ああ。『あの』奈々子だ。アレは今思えば、完全な露出狂だったと思う」


 大学時代の奈々子の服装は……完全に身体の線が露出しているワンピースに、そこから必要以上に素肌と下着が露出しているという、セクシー女優でもここまで大安売りはしないだろう……と思うほどに際どいものでした。


「あの『Tバック』ってパンツ、アレ一体何なんだよ。ありゃパンツじゃねぇ。よくあんなモン履いて平気でいられるなって思うわ」

「うん、アタシも履いたことあるけど、アレだけはダメだったな~」


 奈々子に勧められて購入した、白色のTバック。履いた直後にお尻に凄まじい違和感と不快感が湧き上がり、勿体ないながらも速攻で捨ててしまいました。綿衣子にとって『無駄遣いをした』と人生で後悔するのは、アレが最初で最後になる自信があります。


「他の諸々も含めて、奈々子を見てたら『ソコソコの場所なら、一応ちゃんとしといた方が良いな』と逆に思って、オレの方がマトモになったレベルだったわ」

「あ~、奈々子はホントに、どこに出しても恥ずかしくないほど恥ずかしい、カンペキな『変態さん』だったからね~」

「だな。奈々子って『身体売る』以外の恥ずかしい行為は、一通り全部やったんじゃねぇの? オレが今でも社会人やってられるのは、ある意味奈々子のおかげだと思ってる」


 もはや本人に聞かせられない完璧な陰口ですが……キヌの先程の怒りを思い出すと、まぁこれくらいは勘弁してくれよ、と綿衣子は(心の中にいる奈々子の前で)完全に開き直ったのでした。


「ああ……でも奈々子は、社会人になってから急にマトモになった感じがしたな」

「そうだね。完全にネコ被ってる、ヤな感じだった」

「キッツいな。……でもまあ、何となくオレは、奈々子とはいずれこうなるんじゃねぇか……って予感がしてたよ」

「そうなの?」

「ああ。価値観が変わった、っていうか……いや、奈々子は元から、ああ見えて『自分に特に厳しい』性格だったからな」


 他人の陰口は絶対に言わない。自分が失敗しても他責にしない。コツコツと努力を重ねる。自分の道を自分の力で切り開いていく奈々子の姿を、綿衣子は素直に尊敬していたのでした。かつての変態な露出についても、あえてそうすることで『スタイルと健康を維持する』ことを自らに強制させていたのでしょう。


「ふうん。でも、奈々子の話はもうヤメにしよ。また悪口を吐き出しそう」

「ああ、分かったよ」


 キヌがあからさまに機嫌を悪くしたので、綿衣子は頭の中から奈々子の記憶を追い出す羽目になりました。

 取りあえず何か話題を変えようと思い付いて、綿衣子はブラウスシャツの首に結ったピンク色のリボンを持って、キヌの方にフリフリと見せます。


「ああ……ちなみにこの格好はな、実は身バレを防ぐ目的もあるんだ。プライベートの『職場バレ』対策ってヤツだな」

「そっ、そうなの? すごく可愛いから、綿衣子の趣味だと思ってた」

「ソレもあるかもな。最近の女子高生って、みんな結構オシャレで真面目じゃねぇか。ミニスカートの中にスパッツとか履いてるハズなのに、ちゃんと人前では隠してるし、あと礼儀正しいし。……オレの年齢(トシ)考えるとアレかもだけど、何か尊敬の眼差しで見ちまうんだよ」

「なるほど~。でも、綿衣子もすごく似合ってるよっ」

「有り難く受け取っとくぜ。それと化粧も普段より濃いめにして、髪色も色々イジってるんだ。これなら鉢合わせしても、シラを切り通せるだろ?」

「おおう、考えてる。さすが綿衣子~」


 それ以外にも、自分のことを『オレ』と呼ぶのはプライベートのときのみ。もし会社の知人に不意に遭遇したとしても、完全に『自分ではない』と言い切る自信が綿衣子にはありました。


「……色々教えてくれてありがと、綿衣子。お礼に、アタシのことも話して良い?」

「ん? オレのは別に大したことじゃねぇが……。いや、分かった。聞かせてくれ、キヌ」


 綿衣子の回答を聞いて、キヌは綿衣子から視線を逸らすと――――。

 青と赤が絶妙な塩梅で混じり合った空をボンヤリと見つめて、ゆっくり噛み締めるように呟きます。


「アタシね、『二十歳まで生きられない』って、子供のときに言われたんだ」


 キヌが発した言葉の意味を、綿衣子はしばらくの間、理解することができませんでした。


「『二十歳まで生きられない』、だって……?」

「うんっ」

「誰が言ったんだよ、そんなヒデぇこと?」

「お医者さんだよ。正確には家族だけに伝えてて、アタシはそれを盗み聞きしたんだけどね~」


 キヌはそこで言葉を切ると、綿衣子の方をクルリと向いて、ジッと綿衣子の目を見つめます。

 夕陽に照らされて美しく輝く、キヌの瞳。綿衣子は何も問い掛けずに、彼女に次の言葉を続けるように頷きました。


「身体がね、元々弱いみたいなんだ。平熱も低くて、子供のときはズッと入院して暮らしてた。だから『二十歳まで生きられない』って言われても、特にショックでもなかったかなぁ」

「そうだったのか……」


 そういえば、雨に濡れたキヌが綿衣子の部屋に転がり込んで、綿衣子が看病を続けたあの頃。キヌの回復がかなり遅い感じがしたのは(※基準は綿衣子自身ですが)、もしかするとそれが原因だったのでしょうか。


「まぁ高校卒業まで生きれたから、『後はもう好きにして良いよ』って感じで、今でもメッチャ甘やかされててね。一応病室で勉強はしてたから、大学行って、それで綿衣子やレイ達と出会えた、ってワケ」

「ちょっと待った。オレから見て、そんな体調弱そうな感じは見えなかったぜ?」

「うん。綿衣子達が元気だったから、アタシも元気もらえた感じだったのかな?」

「そんな都合の良い話があんのかよ」

「あるよ。だってアタシ、綿衣子達と出会えたおかげで、三十歳越えた今でも生きてる……と思ってるもん」


 大学時代のキヌは休みがちではあったものの、何とかギリギリ単位を取得して、留年ナシで卒業しています。

 もしそれが、自分達と出会ったのが理由なのだとしたら……せっかくキヌがそう言ってくれているのなら、綿衣子にとってはあまり否定したい雰囲気ではありません。


「仕送りは今でももらってるんだ。綿衣子と一緒に暮らしてることは、ちゃんと家族に話してるよ。綿衣子のこと、みんなすごく気に入ってくれてるみたい」

「そっ、そうなのか……?」

「勝手に話してゴメンね。それに、いい年齢(トシ)して仕送りもらってるなんて、恥ずかしいし。バイトを何度か試したこともあるんだけど、体調とかストレスがあって長続きできないみたい」

「ああ、無理すんな。それに理由があんだから、別にバカにしちゃいねぇし、これからもしねぇよ」

「嬉しい……ありがと、綿衣子」


 キヌの『働いていないけれど、生活費を毎月出してくれている』理由が健全なものであることに、内心ホッとする綿衣子。キヌは自身の置かれた状況に劣等感を感じているようですが、キヌのこれまでの境遇を考えると、下手に励ましなどはしない方が良さそうだ……と綿衣子は思いました。


「身体の調子は、今はどうなんだ?」

「普段は平気だけど、一回調子崩すとダメかなあ。正直、今のアタシの人生は『オマケ』だと思ってる。もう三十歳まで生きれたしね」

「『オマケ』か……」


 綿衣子は、キヌがアルコールを『過剰に』楽しんでいることの理由が分かりました。現在の人生が『オマケ』だからこそ、好きなものを好きなだけ楽しんで余生を過ごしたいのでしょう。


 しかし……このままですと、キヌの前に待ち受けているのは確実な『早死に』です。本人が予定していた死期は無事に過ぎているとはいえ、世間的にそう呼ばれるのは間違いないでしょう。

 どちらにせよ、このままではキヌにとっても、綿衣子にとっても良くない結果となる。それはとても嫌だ、と思った綿衣子は、咄嗟に――――。


「よっし、決めた」

「えっ、『決めた』? 決めたって何を?」


 綿衣子の処世術である『思考の打ち切り、結論の先送り』。今回だけはそれを封印して、キヌに自分の本心を伝えようと、綿衣子は決意しました。

 綿衣子はキヌを真剣な表情で見つめると、キヌも潤んだ瞳で綿衣子を見つめ返します。


「オレも――――オレもキヌのことが好きだ。キヌのいない人生なんて、もう考えられねぇ」

「えっ……ええええ、ええええっ!!!?」


 かなり暗くなった公園に響く、キヌの可愛い悲鳴。もしかすると通行人が聞いて驚いているかもしれませんが、そんなことは綿衣子にとってどうでも良いことでした。


「だから……残りのキヌの人生を、オレと一緒に過ごして欲しい。……ど」

「うんっ、うんっ、うんっっ!!!!」


 綿衣子が「どうかな?」と言葉を続ける前に、キヌは満面の笑みで返事を返してくれました。頬を紅潮させながら、ものすごい勢いで首を縦にブンブンと振っています。


「いや、判断も返事も早ぇよ!」

「えっ、だっ、ダメだった!? でもアタシ、綿衣子とズッと一緒にいたいよっ!!」

「おおう、分かった分かったっ、少し落ち着けっ!!」


 首を振りすぎて、外れて飛んでいきそうな勢いのキヌを、取りあえず落ち着かせる綿衣子。キヌは顔を真っ赤にして(※アルコールが原因ではなさそう)、瞳に涙を浮かべている様子です。


「オレは、少しでもキヌと一緒に生きたい。だから……」

「うんっ、だからお酒止める、今すぐ止めるっ!!」

「何でオレが次に言おうとしたことが分かんだよ! あと返事も早ぇって!! ……いやまあ、その方がイイに違いないからさ……」

「うんっ、うんっ! アタシ頑張る、綿衣子のために頑張るよっ!!」


 綿衣子にかぶり付く勢いのキヌを、綿衣子はもう必死で制止しました。

 しかし一方で、自分がこんなにキヌに慕われていたと知って、嬉しい気持ちがわき上がってきたのも事実です。


「まあ急には無理だろうし、オレもキヌもアル中の真っ最中だろうから……急に止めると禁断症状とかあるかもしれねぇし、冷蔵庫にはストックがまだまだタップリある。炭酸水とかで割って、まあジックリ治して……」

「分かったっ!」


 これまたものすごい即答で、目をキラキラさせたニコニコ顔で答えるキヌ。

 綿衣子は「分かった、分かったって」と、改めてキヌを落ち着かせます。


「じゃあ……そろそろ帰っか。どこかで晩飯食べてくか?」

「ううん、アタシ、綿衣子の料理が食べたい。ダメかな?」

「ダメじゃないぜ。作り置きで良ければ、すぐに用意してやるよ」


 綿衣子は靴を履いてすっくと立ち上がると、キヌに右手を差し出しました。

 キヌは両手でその手を掴んで、ピョコンと立ち上がります。先程のアルコール酔い(と、パンツに関するあれこれ)は、もう大丈夫な様子です。


「今晩は部屋に帰って、同じ布団で寝てみるか?」

「えっ、いっ、いいの!? ……あっ、でも、アタシ、実は『生娘』なんだけど……」

「ホントに告白が急だな!? まあ、実はオレもそうなんだけどな」

「そっ、そうなの!? 綿衣子って、ものすごい経験豊富だと思ってた~」

「オレそんな風に見られてたのかよ……。まぁいいや。その辺も、二人でじっくりやっていこうぜっ」

「うっ、うんっ……!!」


 赤面している(※やはりアルコールが原因ではない、と思う)キヌの右手を優しく握って、エスコートする綿衣子。こうして二人は、行きと同じように手を繋いで、同じ歩幅で帰路に付きます。


 すでに『寿命』を越えているキヌは、果たしていつまで生きていられるのか?

 その期限は分かりませんが……それでも綿衣子は彼女の想いと、この手の温もりは生涯忘れないと心に誓ったのでした。

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