下
「先輩、何なんですか?こんな夜中に……」
七巳は不満そうな顔で夜を見つめていた。
事前に夜に言われた通り、七巳は服の下に水着を着込んで湖の前に来ていた。
「実はあの古地図に書かれていた宝の在処が見つかりそうなんだ」
「本当ですか、先輩!」
七巳の声が急に1オクターブ上がった。
その反応に、夜はつい笑みが
「うん。だから、一緒に来てほしい」
月明かりの中、彼は片足だけボートに乗せて、桟橋に立つ七巳に手を差し出した。
七巳は一瞬戸惑ったが、その手を取ってボートに乗り込む。
七巳が着席するのを待って、夜もボートに乗り込み、静かにオールを漕ぎ始めた。
ボートはゆっくりと湖畔の中央に進んでいく。
何も言葉が出ないまま、七巳は月明かりに反射する水面を見つめていた。
すると、あることに気が付いて、つい体をボートから乗り出してしまった。
「先輩……、湖の底、なんか光ってませんか?……ぼんやりだけど、これ、月明かりなんかじゃありません!」
七巳は驚いている様子だったが、夜はとても落ち着いていた。
その異変に気が付いて、七巳はゆっくりと顔を上げ、夜を見る。
「もしかして……、知っていたんですか?」
「うん……、予想はしていた。でも、だからこそ、確かめに来たんだ」
彼はそう言って、湖畔の真ん中でボートを止める。
「伝承の話を聞いて、ずっと引っかかってた。男の言っていた『白い蛇』って何だろう、『光』ってなんだろうって。それで着目したんだ。古地図に書いてあった古文を」
「あの『蛇よ、今宵は月に溺れぬように』ですか?」
「そう。月は空に浮いているものなのに、どうして溺れるんだろうって考えた。その時、ふと思い出したんだ。水面に映った月なら、溺れてしまうんじゃないかって。じゃぁ、誰が溺れるのか。それがきっと『蛇』だ。なら、この『蛇』とは、何なのか。伝承を思い出してほしい。空から降ってくる、線のように細い白い光……」
夜の言葉に七巳ははっとする。
「
「正解。男が見たものは蛇じゃなくて、空から降ってきた隕石じゃないだろうかって。それが湖に落ちた。その欠片がきっと、男の言っていた『長寿の薬』なんだ。テレビで半月後の流星群の話を聞いて、ピンときた」
そう語った夜は、優しく七巳に微笑みかける。
七巳は戸惑いを隠せなかった。
「けど……、そんなの
「そうだね。だから、確かめたくて。どうして今まで誰も気が付かなかったのか。それは月の光が眩しかったから。湖畔の水面も月光が反射して、底の光をかき消していたんだ」
七巳はつい頷いてしまう。
「今宵は月に溺れぬように……。月は大事なキーワード。だってきっとそれは、満月の強い光がないと輝けないから……」
彼はそう言ってきていた服を脱ぎ、水着姿になった。
それを見て、七巳も慌てて服を脱ぐ。
そして、二人は湖の中へと潜っていった。
⭐ ⭐ ⭐
七巳は水中でゆっくりと目を開く。
するとそこには驚くほどの絶景が広がっていた。
湖底のはずなのに、そこに広がるのは満天の星空。
小さな光の欠片が湖底に輝きながら、散らばっている。
水の中で、つい声を漏らしそうになり、両手で口を押えた。
そして、もう一度落ち着いて、湖底の姿を見た。
頭上で輝く大きな満月。
その光が水面をレースのように覆って、地面の星々を照らしていた。
息をのむような美しさだった。
夜の顔をそっと見る。
水中は薄暗くて彼がどんな顔をしていたのかわからなかったが、きっと彼も同じ気持ちなのだろうと思った。
⭐ ⭐ ⭐
二人は水面から浮上し、再びボートに乗り込む。
興奮のあまり、言葉を交わすことが出来なかった。
持ってきていたタオルで体を拭き、ボートで岸辺に戻る。
ボートが進む度に広がる
微かに見える湖底の光。
現実とは思えないほどの特別な時間に思えた。
ボートを降り、二人は湖を離れて、家路に向かう。
しかし、その前にもう一度、湖の姿が見たくて二人は振り返った。
頭上には大きく美しい月が輝き、湖畔の水面はいつものようにキラキラと輝いていた。
七巳はそっと夜の手を握りしめる。
そして、顔を上げて優しい声で
「また、一緒に来たいですね」
七巳の行動に夜は戸惑いを隠せなかったが、すぐに穏やかな表情に変わり小さく頷いた、
「うん……。また来よう」
きっと二人で見つけたこの場所は、宝物のような、そんな場所になったのではないだろうか……。
【MV原作小説】蛇よ、どうか今宵は月に溺れぬように 佳岡花音 @yoshioka_kanoko
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