第三章:囚われの王女
ナイルの戦いの後、アルシノエ四世はアレクサンドリアの王宮地区に連れ戻された。シーザーの兵士たちは、彼女を王宮の東翼、ヘプタスタディオンを望む部屋に閉じ込めた。ヘプタスタディオンは、大灯台のあるファロス島と本土の海岸を結ぶために建設された巨大な堤防でその長さからこの名が名付けられた。王宮の対岸に位置していた。
窓には鉄格子がはめられ、かつての豪華なタペストリーや金箔の装飾は剥ぎ取られ、冷たい石の床が広がっていた。幽閉とはいえ、捕縛具は付けられておらず、彼女は部屋内で自由に動き回ることができたが、厳重な監視の下で外に出ることは許されなかった。
シーザーはクレオパトラ7世とプトレマイオス13世の共同統治を宣言していたが、プトレマイオス13世の死により、クレオパトラ7世が実権を握っていた。アルシノエ四世は厳重に監視され、侍女たちも離れ、孤独な日々を送った。彼女の食事は粗末で、パンと薄いスープだけが与えられた。夜になると、兵士たちの足音と、遠くで響く地中海の波音だけが彼女を慰めた。
「これが私の運命なのか?」
アルシノエ四世は自問した。彼女の家庭教師で、プトレマイオス朝の廷臣として彼女の参謀役を務めたガニュメデスの行方は知れず、おそらく戦場で死んだか捕らえられたのだろう。彼女は王宮の窓から見えるファロス島の灯台を見つめ、かつての勝利の日々を思い出した。
この王宮は、アンティロドス島とロキアス半島に広がる広大な複合施設で、プトレマイオス朝の初期から拡大を繰り返し、クレオパトラ7世の治世にはギリシアとエジプトの文化が融合した華やかな空間を形成していた。
アンティロドス島自体は人工的に拡張された小島で、主な宮殿建物は長さ約90メートル、幅30メートルの矩形を基調とし、ヘレニズム建築の対称性を活かした設計だった。島の中央には約300メートルの枝状エスプラネードが延び、対岸のカエサリオン神殿を見据える儀式的なアプローチを形成した。
東側には小規模な港湾施設が設けられ、60本の赤いエジプト産花崗岩の列柱(直径1メートル、長さ7メートル)が並び、装飾された冠状の頂部が荘厳な門構えを構成していた。ロキアス半島にも同様の施設が広がり、白大理石や花崗岩のファサード、ドーリア式とイオニア式の列柱が並ぶ回廊が海風に映えた。内部は機能別にゾーニングされ、王族の私室、公的謁見室、宴会場、広大な庭園が連なっていた。
クレオパトラ7世の居室はアンティロドス島にあり、開放的な設計で、海風が吹き抜けた。内装の豪華さは、女王の文化的洗練を物語る。大理石の床には、ギリシャ神話やナイル川の風景を描いた色鮮やかなモザイクが施され、壁面には金箔や象牙が輝いた。
入口近くに安置された花崗岩像は、剃髪したエジプト司祭がオシリス・カノプス壺を抱える姿を表し、宮殿の宗教的儀式の場であったことを示す。庭園では、噴水や植栽がナイルの豊饒を模し、珍しい鳥や植物が飼育された。
宴会場では、象牙や黒檀のテーブルにエメラルドや真珠の食器が並び、香辛料の匂いが漂った。この贅沢は外交の道具であり、カエサルやアントニウスとの会談でローマの将軍たちを魅了した。
東翼の窓からは、ヘプタスタディオンが白い帯として東港を横切り、ファロス島の灯台の光が海面を照らす光景が見えた。ヘプタスタディオンは、紀元前3世紀に建設された土木の傑作で、長さ約1260メートル、幅数百メートルの堤防は、ファロス島と本土を結び、東のポルトゥス・マグヌス(大港)と西のポルトゥス・エウノストゥス(商業港)を分離した。堤防の下には二つの水路が設けられ、橋で結ばれて船舶の往来を可能にしていたが、シーザーはアレクサンドリア戦争中にこれを封鎖した。
堤防は強い西向きの潮流から港を守る防波堤であると同時に、ファロス島への水道や道路網の一部としても機能し、都市のインフラを支えた。日差しを浴びて白く輝く堤防は、まるで都市の強固な脊椎のようで、その上には物資を運ぶ荷車や、ファロス島に向かう兵士たちの姿、市民の行き交う姿が小さな点となって見えた。堤防の向こう側には、商業港に停泊する異国の商船のマストが林立し、活気あるアレクサンドリアの経済を象徴していた。
さらに、遥か彼方には、プトレマイオス朝の偉大な権威を象徴するファロス島の灯台がそびえ立っていた。その白い大理石の塔は、日中は太陽の光を反射して眩しく輝き、夜になると頂上から放たれる炎が海面を赤く照らし、遠くの船を導いていた。アルシノエ四世は、その灯台の光がクレオパトラ7世の権力を守護しているように見えたかもしれない。窓の下に広がる東港の海面は、時間帯によって様々な表情を見せ、クレオパトラ7世の豪華な船や、ローマの軍艦が停泊し、その威容を誇示していた。
本土の市街は、市場の喧騒、ギリシア風の柱廊街、エジプトのピラミッド状建造物、遠くにムセイオン(図書館)の影が浮かぶパノラマを形成した。この活気あるアレクサンドリアは、彼女の野心を嘲笑うかのように美しく、しかし敗北を象徴していた。ヘプタスタディオンは、クレオパトラ7世の権力を支える壁として反乱を封じ込め、アルシノエ四世は後にローマへ連行される運命にあった。
シーザーは彼女をローマに連行することを決め、紀元前47年の夏、準備が始まった。アルシノエ四世はアレクサンドリアの大港からローマの商船に押し込まれた。船はコルピタ船で、貨物スペースが大部分を占め、彼女は甲板の片隅に簡易な帆布の下で過ごした。
地中海を渡る長い旅は、彼女にとって屈辱の連続だった。船倉は湿気と塩の匂いに満ち、揺れる船体が彼女の体を苛んだ。ローマ兵の監視は厳しく、彼女は簡素なパンと水を与えられ、鎖の音が絶えず響いた。
航海中、アルシノエ四世は過去を振り返った。姉クレオパトラ7世の陰謀、シーザーの介入、そして自分の野心がもたらした敗北。船は地中海を横断し、嵐に遭遇することもあった。波が甲板を洗い、彼女は帆布の下で濡れそぼった。
ローマ兵たちは彼女を嘲笑し、「エジプトの偽女王」と呼んだ。旅は数週間続き、ようやくローマのオスティア港に到着した時、アルシノエ四世の心は鋼のように硬くなっていた。
彼女は牢獄に移され、シーザーの凱旋式の準備が進められた。牢獄は暗く、湿った石壁に囲まれ、わずかな藁のベッドが彼女の休息の場だった。彼女はクレオパトラ7世がローマに滞在し、シーザーの邸宅で豪華な生活を送っていることを知り、憎しみがさらに深まった。
次の更新予定
「⚓アルシノエ四世の生涯」私こそがクレオパトラよりふさわしいエジプト女王だったのよ! ⚓フランク ✥ ロイド⚓ @betaas864
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