第2話

 シルフィエットは掌に出来得る限りの気持ちを集めた。荒れ狂う黒を静かに真綿で包む混むようになだめる。やがてそれが静まるとアルベールを呼び手袋でその手を覆った。

 離宮を囲む庭園の隅、海が一番よく見える場所に設えられた茶室の椅子に腰かけ、布面を取り去る。漸く詰めていた息を吐き出した。


「お茶でもお入れしましょうかね、【カリーヌ】様」

「結構よ。それから来訪者がない時にその名で呼ぶ必要はありません」

「へいへい、シルフィエット姫」


 庭園勤務となってひと月とたたない新米衛兵にも関わらず、アルベールはシルフィエットが【カリーヌ】と呼ばれることに苦痛を感じていると気付いているようだ。この嫌味で柄がよいとは言えない3歳年上の青年がシルフィエットは少し苦手だった。


「しかしまぁ、酷いですねぇ。姫さんのおかげで治ったっていうのに」

「仕方のないことです」


 落ち着き払ったシルフィエットの返事に、アルベールは眉を上げ鼻を鳴らした。


「ここで働くことになったときに聞いてはいますがね、一応」


 

 長きに渡り、人は魔族との戦いを繰り広げていた。街は破壊され、割れた路面のあちらこちらから黒い湯気のような瘴気が湧き出し、命あるのもはその瘴気に触れた部分が、黒曜石に変化した。

 

 混乱に陥るそのさなかに不思議なことが起こった。その石化を治癒できる者が現れ始めたのだ。未婚の女性に限定されるその力は、年齢に定まりなく突然発現。掌で撫でさするだけで黒曜石化した生者は元の生身に戻ることが出来た。

 

 人々は歓喜したが、治癒者はそれを望む者に対してあまりにも少なく、朝晩問わず力を請われる彼女たちは瞬く間に疲弊した。

 

 そこではじめて、人々はその治癒の仕組みを知ることとなる。

 

 疲弊し力を制御できなくなった者の掌から、黒い液体が溢れ、触れた生命あるものを石化したのだ。形こそ違えどまさしくそれは瘴気そのものだった。液体となるほどに濃縮された瘴気である。

 彼女たちが行っていたのは浄化治癒ではなく吸収除去だったのだ。

 

 治癒者が生命力と気力にあふれているうちは苦も無く力を施行できる。それが、3、4年と重ねるうちに痛みや痺れ、麻痺を伴うようになる。そして、ついには瘴気漏れを起こす。気力あるうちは内に押し込み続けることもできた。が、やがて限界がやってくる。心が疲弊しきって完全に制御出来なくなると、ついには自身も石化に至る。

 それが治癒者の末路だった。



「制御出来るうちに自ら瘴気を捨て去れば身体への負担は少なくて済みます。戦いの最中さなかは、倒した魔族の再生を防ぐため、それを石化させることが多かったようです」

「ええ、知っていますよ。生きている魔族は瘴気に耐性があるが肉塊となれば瘴気で石化する。そうなると元は魔族でもただの黒曜石。無害だしそいつを槌で砕いちまえばさらに恐れる必要はない、ってね」


 シルフィエットは眉をひそめる。アルベールは砕くと簡単に口にするが、魔族であれ元は命あるものに変わりはない。


「珍しいことじゃないですよ。治療院の周りはどこも黒曜石の破片で真っ黒でしたからね」


 その瘴気を捨て石化させる姿は、石化に悩まされる人々の心を恐怖させるものだったのだろう。自分に怯える姿を嫌という程目にしてきたシルフィエットには、それが容易に想像できた。





 

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