第6話 アオイくんの復活

 時々夢を見る。アオイくんが生きている夢。

 だけど、目を開くとそこはいつも、たくさんの大きな蟻が這う白い天井。

 蟻はぼとぼとと落ちて来てはわたしを噛む。それで悲鳴を上げると、誰かが来て痛み止めの薬を飲ませてくれる。

 蟻を殺してと言うと、わかりましたと言うのに放置されたままだ。

 だけど痛み止めを飲むと、わたしはいつもアオイくんの夢を見る。だから拒否はしない。


 ベッドの上から、部屋の窓をながめる。そこには、頑丈そうな鉄格子。

 この世には、きっとアオイくんの敵しかいなかったのだ。アオイくんを救おうとしたわたしも、ターゲットにされたのだろう。

 でももう、アオイくんがいないならいい。もう死んでも構わない。


 あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。気がついたらここにいた。アオイくんは、もう埋葬された後だった。

 なにもかも、遅かった。あの日、わたしがナイフを持っていたら間に合ったかもしれないのに。


「アオイくん……」


 蟻が落ちて来る。わたしの全身を這いまわり、噛む。悲鳴を上げた。

 痛い。ベッドの上で暴れる。誰かの声がした。


「お薬飲みましょうね」


 それはきっと敵のものだが、従った。もう殺して欲しかった。

 こうして薬漬けにされてわたしは死んで行くのだ。


 思考が朦朧としてくる。

 アオイくん、死んだらあなたに会える?


「会えないよ」

「え、どうして……アオイくんなの⁉︎」

「俺の声、聞き間違えないでしょ?」


 耳元で囁く低い声。それは紛れもなくアオイくんだった。

 いつもの夢かもしれない。そう思ったが、瞳はまだ開いている。夢じゃない。


「俺は生きてる」

「だって……どこにいるの? 見えないよ」


 声ははっきり聞こえる。それなのに、アオイくんの姿はどこにもなかった。


「ここだよ」


 優しく、ほっそりした指先がわたしのほおをなでた。

 驚いてその手をつかむ。間違いない、アオイくんの右手だ!


「忘れちゃったの? 俺の右手を、君の右手を取って移植してくれたこと。俺たちがひとつになったこと」


 アオイくんの右手が、優しくわたしの頭をなでた。その感覚に、ぞくぞくと背筋が震えた。

 そうだ、どうして忘れていたのだろう。薬を盛られたせいだろうか。

 わたしはアオイくんとひとつになったのだ。


 アオイくんの右手にほおずりする。

 ああ、アオイくん。わたしのアオイくん。


「それに、安心して。ここは、俺の味方がいる施設なんだ。あの鉄格子は、君を守るためなんだよ」

「あの蟻は?」

「侵入者を驚かすためだね。君を噛まないよう、俺が躾けておくよ」

「アオイくん……!」


 アオイくん、わたしの最推し。わたしの王子様。

 救わなきゃと思っていたアオイくんに、わたしは助けられていたのだ。


「これからずっと一緒なんだね、アオイくん」

「そうだよ。ずっと……」


 唇をなでたアオイくんに口付けた。その指を、中へと招く。

 わたしの中へ。もっと、奥へ————。





【推しの手・完】

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