第2話 誘拐犯はあの人

 あたたかい空気の中の、ほのかに冷たい風が私の頬をかすめていく。わずかに花の匂いがする。気持ちよく、とても心休まる。


 日の光で目を覚ました私は、いつもと違う光景が目に入ってきたので驚いた。自分自身はベットに横たわり、見覚えのない分厚い掛け布団をかけられていた。必死に記憶を呼び起こす。そういえば、知らない人に声をかけられて、色々あったあげくに記憶を失った気がする。その時、ある考えが浮かんだ。私はもしかしてあの人に誘拐されたのか。


 辺りを見回してみた。木製の部屋で、右側は壁で窓がついている。その窓は開けられており、窓につけられたカーテンがひらひらと動いている。そこから風と日の光が入ってくる。きっと朝か昼なのだろう。左側には扉があり、机と椅子、それから服掛けがあるくらいであった。服掛けには私のブレザーがかけられている。私は慌てて自分の体を見た。だが、ブレザーを着ていないだけで、あとはいつもの制服姿と何も変わっていなかったので、安心した。


 その時、ふと疑問が浮かんだ。なぜ私が誘拐されたのか。そして、誘拐の目的は何なのか。たまたまという理由なのだろうか。そうでなければ、私を誘拐する理由がない。女子力は皆無だし、かわいい訳でもなく、スタイルがよい訳でも、胸が大きい訳でもない。犯人が性的な何かを目的としているのなら、私を選ぶはずがない。もし、身代金目的なら、まだ可能性はある。別に金持ちという訳ではないが、金銭面で困っているという話を聞いたこともない。ただ、そうなら私のことをもっと乱雑に扱うのではないだろうか。わざわざベットで寝かしたり、ブレザーを脱がせたりしないだろう。ならば、なぜ私なのか。


 そう考えていると、扉をノックする音が聞こえた。


「入るよ」


 私が返事をする前に、男性が入ってきた。あの時と同じ声だ。私は慌てて、掛け布団を頭まで被った。


「起きたんだね。おはよう。体調の方はどうですか」


 優しい声色だったが、何をされるかわからないという怖さのあまり、声がでない。


「俺のこと、怖いか。そうだよな。俺のこと覚えていても、急に襲われたら怖いよな。まあ、反応からして覚えていないだろうけど。」


 その言葉を聞いて、私は驚いた。この人と以前に会ったことがあるのだろうか。私は恐る恐る掛け布団を下ろし、男性を見た。


 二十代くらいで、高身長のスーツ姿だ。まじまじと見ると、どこかで会ったことがあるような気がしてくる。だが、親しくないのは確実だ。


「俺のこと、わからないか」


 男性は私の目を見て言ってきたので、とっさに目を逸らして小さく頷いた。


「やっぱそうだよな。仲川さんとはあまり喋ってなかったからな。では、あらためて自己紹介を。俺は桃井晴真ももいはるま、今は中学校で国語教師をやってます。仲川さんが知っている俺は、中学二年生の時に教育実習できていた大学生といったところかな。何回か授業をした人だよ。思い出してきたかな」


 もう一度、男性を見た。そう言われると、確かにいたし、確かにその人だ。ただ、この人が言った通り、喋った記憶はほとんどない。なのに、なぜ私を誘拐したのか。


「どうして私なんですか」


 私が震える声で尋ねると、桃井さんは私に笑顔を見せた。


「どうしてって、自分が一番わかっているんじゃないかな。俺は貴方に危害を加える気はまったくない。ただ、貴方を守りたいだけだ。もう、誰も死なせたくないんだ」


 そう言った桃井さんの目からは、力強さと決意を感じた。

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2026年1月22日 16:38
2026年1月25日 16:38
2026年1月29日 16:38

誘拐という名の犯罪 @koruzirine

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