終章 取られた手と、変わってゆく手


 中学校を卒業してすぐ、私は一人で小さな旅に出た。

 県で三番目の高校に受かったことを盾に、心配する両親を押し切って。


 行き先は神戸、異人館街。

 修学旅行の時行かなかった『みはらし台』。

 もしかしたら彼がいるかもしれない、そんな淡い期待を抱いて。


 当たり前だけど、そこに彼はいなかった。


 パノラマに広がる街はちっぽけで、そこで生きる人々がひどく遠くに感じられた。


 潮風を感じながら、彼から借りたままの本を開いた。

 ページの間から、黄色い水仙の栞が出てくる。


 取ろうとして、手のひらに少し刺さってしまった。

 私の心に刺さった思い出と、同じように。


 何度も読んだから、内容はすっかり頭に入っていた。

 魔女は一度故郷へ帰った後、街へ戻る。

 最後には想い人と結ばれる。


 私が魔女なら、空を飛んで彼を探しに行けるのに。

 わかってる。

 それはお話の中だけの事。


 それでも──曲がり角から急に彼が現れないかと、願う時がある。

 絵空事だとわかっていても、その時が来たら何をするのかはもう決めている。


 本をしまい、ペンとノートを取り出した。

 私はそこに、こう書いた。


『次は必ず、手を取るから』


    ◆ ◆ ◆


 入学オリエンテーリングの後にあったクラブ説明会が終ると、すぐ文芸部へ向かった。

 もともと入るつもりだったから。


 書くこと、読むことを続けるため。

 ——もしかしたら、という思いも、ほんの少しだけあった。


 古びた扉を開けて、中に入る。


「あら、新入生? 私は部長の柿本透子かきもととうこ、トーコって読んでちょうだい」


 私はこくりと頷いて、ノートを取り出し、あらかじめ書いておいたページを見せた。


『六島杏奈(むしまあんな)です。声が出ないのですが、入部しても大丈夫ですか?』


 透子先輩は一瞬驚いた顔を見せたけど、すぐ笑顔になった。


「ここは来るもの拒まずよ~。あっちの子達と合わせてあなたで3人目。たくさん来てくれて嬉しいわ」


 透子先輩が指差す先を見て──


 私は、心臓が止まりそうになった。


「君が中学の時書いた掌編小説、なかなか面白いよ」

「あ、ありがとうございます……」

「でしょう? わたしがコイツを見つけて育てたのよ」



 上級生とやり取りをしている一年生男子。

 その隣で、やけにはしゃいでいる女子。


 男子の姿と声に、覚えがあった。

 いいえ──忘れようとしても、忘れられなかった。


 気がつくと、私は思わずその子のそばへ駆け寄っていた。

 そして、出ない声を絞り出そうとした。


「あ……の……」


 かすれてるけど、ちゃんと出た。


 その男子は、ビクッとした。

 もしかして? いや、絶対にそうだ。

 この人は、彼だ。


 過去の想いが、一気に蘇える。

 あの時、叶えられなかったこと。

 私は、彼に手を伸ばした──


「私の……こと……覚えて……る?……蔵本……君」


 手が、彼の顔に触れようとしたその時。


「ううん、人違いだよ。僕の名前は神代一希かみしろいつき。初対面じゃないかな」


 そう言って、『神代君』は視線をそらした。


 ──苗字が、違う!

 私は思わず手を引っ込めた。


 名前が違うかどうかはわからない。聞いていなかったから。

 今更だけど、悔やまれた。


「大丈夫?」


 『神代君』と、横にいる女子が心配そうに声をかけてきた。

 私は一呼吸した後、ノートにセリフを書いて彼に見せた。


『大丈夫。よろしく、神代君』


 そして、手を差し出した。


「こちらこそ、よろしく」


 私が差し出した手を、彼は握り返した。

 手から緊張が伝わってくる。


 でも——とても、温かかった。


 握手した手を、私は見つめた。

 今度こそ私は、彼の手を取った。

 そう、確信があった。


 たくさんの疑問が沸いてきた。彼は本当に『彼』なのか、なぜ違う姓なのか。

 握りしめる私の手は——探る手に、変わろうとしていた。




<了>



────────────────────



 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 物語は弊著「僕らのラブコメは無駄じゃない!」へ続きます。

 『神代』が本当に彼なのかどうかは、そちらをお読みいただけると明らかになります。


https://kakuyomu.jp/works/16818792436389181592

 


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黄色い水仙の栞と、手を取らなかった私 風波野ナオ @nao-kazahano

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