第29話 鋼鉄の突進

三つの黒い穴が、俺たちの視界を支配していた。 

 

 

 T-34の砲口。そこから死の炎が噴き出すまで、あとコンマ数秒もかからないだろう。 

 

 

 俺の心臓は、警鐘を鳴らすのをやめ、ただ冷たく凍りついていた。 

 

 

(……終わった。歴史の修正なんて、関係ない。俺たちは今、ここで消えるんだ) 

 

 

 そう確信した、その瞬間だった。 

 

 

 背後から、鼓膜を直接揺さぶるような、凄まじい「咆哮」が響いた。 

 

 

 ――グオォォォォォォッ!! 

 

 

 ワイヤーで繋がれたティーガーIが、残った燃料の最後の一滴をシリンダーへ叩き込み、八百馬力を爆発させたのだ。 

 

 

 連結されたワイヤーが、悲鳴を上げるような音を立ててピンと張り詰める。 

 

 

「……キルヒャーさんッ!?」 

 

 

 五十六トンの怪物が、動けないはずの巨体を強引に捩じり、俺たちの四号戦車の前に、割り込むように滑り込んできた。 

 

 

 ――ドォォォォォォン!! 

 

 

 T-34の一番機が放った砲弾が、ティーガーの垂直装甲に直撃する。 

 

 

 凄まじい衝撃波。だが、百ミリを超えるティーガーの正面装甲は、その一撃を「キンッ」という高い金属音と共に、無慈悲に跳ね返した。 

 

 

『――へっ! こんな豆鉄砲、何発撃ったって無駄だぜッ!!』 

 

 

 無線の向こうで、キルヒャーが狂ったように笑った。 

 

 

 ティーガーは止まらない。連結された俺たちの車体を引きずりながら、そのままT-34の群れへと突っ込んでいく。 

 

 

 弾がないなら、自らの「質量」を弾丸にする。 

 

 

 それは、戦車という兵器の概念を覆す、物理的な暴力の行使だった。 

 

 

 ――ガガガガガガッ!! 

 

 

 ティーガーの巨大な車体右側が、回避しようとしたT-34の側面に激突した。 

 

 

 鋼鉄と鋼鉄が削り合い、火花が白昼の戦場を眩しく照らす。 

 

 

 ソ連軍戦車のフェンダーが紙屑のようにめくれ上がり、ティーガーの重圧に耐えきれず、履帯がひしゃげ、車体が無惨に傾いていく。 

 

 

「……信じられん。……あの野郎、本当に体当たりでT-34を潰しやがった……!」 

 

 

 ルディが、呆然と呟いた。 

 

 

 敵の包囲網に、ティーガーという名の「鋼鉄の楔」が打ち込まれ、混乱が広がっていく。 

 

 

「……今だ! オットー、キルヒャーに合わせろ! このまま突破するぞ!!」 

 

 

 ベルント曹長の決断。 

 

 

 俺たちは、自分たちの何倍も大きな、しかし最高に頼もしい「背中」に守られながら、死の淵からの逆転劇を開始した。

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Pz.Kpfw.IV Ausf.G 〜サラリーマン装填手の東部戦線奮闘記〜 夕凪 @Hans1

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