第28話 砂塵の賭け
ルディが叩き込んだ最後から二番目の榴弾が、酷暑に灼かれたロシアの大地を無慈悲に抉(えぐ)った。
着弾の瞬間、大地が悲鳴を上げ、細かな黄土色の粒子が猛烈な勢いで天へと吹き上がる。
それは、真夏の昼間を一瞬にして黄昏(たそがれ)へと変える、絶望的なまでに濃密な砂のカーテンだった。
「今だッ! 突っ込めぇぇぇッ!!」
ベルント曹長の、理性をかなぐり捨てたような怒号。
操縦席でオットーさんがレバーを叩き込み、九〇一号車のマイバッハ・エンジンが心臓を破らんばかりの咆哮を上げる。
視界はゼロ。俺たちは、自分たちが作り出した不透明な地獄の中へと、盲目的に、しかし狂暴なまでの速度で突っ込んでいった。
――カンッ! キンッ! ガガガガッ!!
直後、装甲板を激しく叩く、狂ったような打撃音。
砂煙の向こう側で、ソ連兵たちが姿を消した獲物を逃すまいと、なりふり構わぬ集中砲火を浴びせているのだ。
弾丸が跳ねるたびに、車内に鋭い火花と金属の削りカスが舞い、鉄の箱全体が巨大な鐘のように震え続ける。
「……止まったぞ! ステファン、行けッ!!」
急ブレーキの衝撃で前のめりになり、あばらに鈍い衝撃が走る。
俺は、恐怖で凍り付いた喉を強引に鳴らし、装填手ハッチを内側から蹴り開けた。
外に出た瞬間、俺を襲ったのは、むせ返るような死の臭いだった。
焼けた重油。火薬の残り香。そして、灼熱した鉄が放つ、鼻を刺すような独特の悪臭。
乳白色の砂塵が渦巻く中、耳元を「ヒュン、ヒュン」という鋭い音が掠めていく。
一発でも頭に当たれば、それで俺の人生は終わりだ。
「キルヒャーさんッ! ワイヤーだッ!!」
俺は、視界の隅に見えるティーガーの巨大な影に向かって、肺を裏返すような声で叫んだ。
すると煙の壁を突き破り、返り血で顔を真っ赤に染めたキルヒャーが飛び出してきた。
「受け取れッ! 外したら殺すぞ!!」
投げ渡された牽引ワイヤーは、まるで生き物のようにしなり、俺の胸に重くのしかかった。
熱い。そして、あまりにも重い。
俺は泥と埃に塗(まみ)れながら、震える手でシャックルを四号戦車のフックへとねじ込んだ。
手が滑る。オイルと汗で、ボルトが上手く回らない。
すぐ数メートル先で砲弾が炸裂し、飛来した土塊(つちくれ)が俺のヘルメットを激しく叩いた。
「……入れ、入れッ! 頼むから入ってくれッ!!」
カチャンッ。
永遠のような数秒の後、乾いた金属音が連結の完了を告げた。
「繋いだッ! 出せ! 早く出せッ!!」
俺が戦闘室に転がり込み、ハッチを閉鎖した、その刹那だった。
無慈悲な一陣の風が吹き抜け、俺たちを包んでいた唯一の守り――砂煙を、サーッと拭い去っていった。
そして、露わになった視界の先に。
俺たちは、心臓を直接握り潰されるような、本物の絶望を見た。
距離、わずか五十メートル。
陽光を浴びて鈍く光る、三両のT-34。
その巨大な砲口の黒い穴が、こちらを嘲笑うかのように、真っ直ぐに俺たちの顔を覗き込んでいた。
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