第2話
思い出せないの? 私はもう一度、正路に聞き返した。
うん。そうなんだ。確かあの時、サロメが攻め込んできて、ヤバイって思ったんだよ。それですぐ双葉ちゃんのところへ応援に行こうとしてさ、さゆり様が怪我をして、
なんだ、結構覚えているじゃん、と思ったとき、このクソ坊主は、忘れた、と言い放ったのよ。こいつぅ、と半分冗談で、思い出せ!このっ。と彼の体を揺らしたら、正路は水盤に頭を突っ込んじゃった。
イヤだ。私ったら、こんな暴力女じゃ無かったのに。頭を水につけているのにおとなしいから、この坊主を引き上げようとしたの。
そしたら、吸い込まれるように、私も水盤に半分突っ込んだ。水から光る泡が。正路を見ると、うっとりとするように和んでいる。よく息が保つわね。水盤のヘリに手を掛けて、よっこらしょっと体を起こし、正路も引き上げたの。ぼんやりとしていたから呼吸困難になったのかしら、と思って頬をピタピタ叩いた。
あ、子どものお肌……滑らかでふっくら。じゃない。起きてよ、正路、正路ったら!これはなかなか目が覚めない。
人工呼吸するべきかと考えたけど、ゆっくりと胸が上下していた。あ、生きてるわ。良かった。それにしてもなんなのこの水盤、と見返すと水面には何も混ざっていない。握っていた紙切れだけが浮いていた。水盤の周囲に鏡の破片。光の射さない宮殿の奥で、どうして不自然に光っているのかしら。
あ、藍ちゃん……ひどいよう、俺を水に突っ込むなんて。違うわ、話を聞いていて忘れたと言うから、少し揺すっただけよ。貴方が勝手に水に入ったんだからね。
(あ、私が悪いのに、正路の所為にしてしまった。)
それよりも、貴方の服にガラスの破片が付いているわ。怪我するといけないから、取り除きましょう。
(あ、無理矢理話を変えちゃった。どうしていつも私はこうなのかしら。)
欠片を取るのにも、さみぃ~と坊主が言うので、服を脱がせると、急いで細かなガラスを取り始めたの。破片は広範囲に広がり、エンタシスの柱のもとで光った。そこまで移動するとなかに白い布が掛けてあったので、急いでひったくって、正路の体を包んだ。子どもの髪は濡れて、くるくるとカールしている。
(まあ、天使みたい、うふっ)
手早くガラスを抜き取り、それでも目に見えない欠片があるといけないわ、私の稲妻青撃波は変身しなくても、指先から少しくらいは出せるので、青い稲妻の光でゴミを吹き飛ばし、水も飛ばす。
そして、服を正路に着せた。髪も乾かせないよね、電撃なんだから、と危ないことを考える。体を包んだ布で彼の髪をゴシゴシ拭いた。藍ちゃん、もうちょっと優しくしてよ。ごめんごめん、つい焦ってしまったの。怪我は無いかしら。大雑把に髪を拭くと、もとの家具か何かに再び戻す。使ったことは黙っていよう。
その時、正路が驚いたように声を上げた。あれ、これ前にも見たような。私も布をずらしてそれを見た。鏡だった。しかも、一部が破壊されてひびが入っている。私のせいで割れた?
では破片は鏡のもの……
私はそっと一枚の破片を拾い上げた。指先が震えていた。
その瞬間、破片の奥で何かが揺れた。光でも影でもない、“誰かの気配”のようなもの。
正路が小さく息を呑んだ。「……あれ? なんで……また、わかんない……」
さっきまで普通に話していたのに、急に表情が曇る。
記憶が、また抜け落ちている。
――何かがおかしい。
私は胸の奥で、はっきりとそう思った。
もう知らないふりはできない。真実を、確かめなければ。
どうしましたか。まあ、水は飛び散り、着ている物も濡れて、髪はびしょ濡れですね。いらっしゃい。着替えて暖かくしなければ。
心臓がはねた、と思った。何の気配もなかったのに、いつの間に?
そして、いつものような慈愛の目で私たちを眺めた。ビクッとしたのは正路も同じで、うっ、白百合姫様、ご、ごめんなさい、とだけ言った。忘れている、と言ったのに、今の状況は把握している。何を忘れたの。
姫様、私たち、散らばった古文書を集めようとして、余計に散らかしてしまいました。申し訳ございません。あの、私がそこの鏡を割ったかもしれません。私は正直に話した。白百合姫様はいつも優しい。素直に謝れば、微笑みを返してくださる。
思った通り、姫は微笑んだ。戦闘の影響がここまで入り込んだのね。ひどい有様だこと。でも藍、これは以前から割れていたのよ。気にしないで。
瞬間の空虚な表情を垣間見た気がしたのよ。なにかしら。
で、では、俺、失礼します。僕の服は藍ちゃんが乾かしてくれたんで。
でわでわぁぁ、ドップラー効果だけを残して小僧が逃げた。こら、自分だけ逃げるなぁ!
愛されなくても尽くします♡ tokky @tokigawa
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