Track.3 『電子の果実と、積み上げた日々』
「……確定、っと」
現実世界(リアル)。薄暗い自室。
私は震える指で、タブレットの画面をタップした。
表示されたのは、VRMMO『バレットフィリア』専用の資産管理アプリだ。
【現在の所持クレジット:28,000 Cr】
【電子マネーチャージ申請:25,000 Cr → 25,000 円分】
【手数料(企業連盟税):-2,500 Cr】
「う……手数料、やっぱり高い」
『仕方ありませんよ、マスター。場所代(サーバー代)と、企業の懐を温めるための上納金です』
部屋のスマートスピーカーから、ツクモの声が響く。
このAI、ゲーム内だけでなく、私のPCや家電まで完全に掌握している。
今の私の生活は、文字通りツクモに管理されている状態だ。
「でも、これで……」
私は送金完了の通知を見つめた。
2万2500円。
高校生のアルバイトなら数日分の稼ぎかもしれない。でも、私にとっては、自分の力で手に入れた初めての「お金」だ。
マサ兄に頼らず、命を削って掴み取った対価。
『マスター、心拍数が上がっています。深呼吸を。……それで、そのお金で何を買うんですか? 新しいサプリ? それとも、ふかふかの枕ですか?』
「ううん、違うよ」
私は通販サイトを開く。
検索窓に入力するのは、ずっと決めていた言葉だ。
「マサ兄、コーヒー好きだから……。美味しい豆、買ってあげたくて」
『……ピ! なるほど。初任給でプレゼント、というわけですね。健気すぎて、私のメインメモリが涙(冷却水)でショートしそうです』
ツクモがわざとらしい感動声を上げる。
私は少し照れくさくなりながら、「注文確定」ボタンを押した。
明日には届くはずだ。マサ兄、喜んでくれるかな。
「……よし。それじゃあ、今日も稼ぎに行こうか」
『はい、マスター。今日の予定はFランク昇格戦です。気合を入れていきましょう』
私は再びヘッドギアを被り、灰色の街へダイブした。
◇
――それから、数週間が経った。
私の生活は一変した。
朝起きて、マサ兄と朝食をとり、彼が大学や仕事に行っている間、私は『バレットフィリア』に潜る。
そして夕方、帰ってきたマサ兄と夕食をとる。
かつては「寝て起きるだけ」だった空白の時間は、今や「鉄と硝煙の匂い」で埋め尽くされている。
『右! 30度、距離150!』
「見えてる!」
タン、ッ!
乾いた発砲音と共に、廃ビルから飛び出してきた自律ドローンが火花を散らして墜落する。
『撃破確認。ナイスショットです、マスター』
肩の上でツクモが翼を広げる。
私は慣れた手つきで『エレジー』のリロードを行いながら、次なる獲物を探して路地を駆ける。
この数週間で、私のプレイスタイルは完全に定着していた。
『弾数節約(エコノミー)』。
無駄弾を撃たず、精密射撃で急所のみを穿つ。
その異常なまでのコスト意識と、物理法則を無視したような跳弾(リコシェ)技術は、酒場の傭兵たちの間で密かな噂になり始めていた。
「おい、見たかよ今のランキング」
「ああ。『Gランク帯』のトップ……『いのり』だろ?」
「先週登録したばかりのルーキーが、もうFランク目前だってよ。異常だぜ」
「ついた異名が『呪弾』だってな。……関わらない方がいいぞ、あいつは」
すれ違う傭兵たちが、私を遠巻きに見ながら囁き合う。
最初は「カモ」を見る目だった彼らの視線には、今や明確な「畏怖」が混じっていた。
『ふふん、いい気味ですね。雑魚どもの評価なんてどうでもいいですが、有名税というのは悪いことばかりではありません』
「……そうかな。動きづらくなっただけな気がするけど」
「知名度は信用です。そろそろ、企業からの『直接依頼(ダイレクト・オファー)』が来てもおかしくありませんよ」
ツクモの言う通り、私のランクポイントは順調に積み上がっていた。
Gランクから、Fランクへの昇格試験ライン。
あと少し。あと少しで、次のステージへ行ける。
『マスター、前方に高エネルギー反応。Fランク昇格のための指定ターゲット、重機動兵器【ゴライアス・カスタム】です』
「……了解。さっさと終わらせて、今日は早くログアウトするよ」
私は二丁拳銃を構え、黒煙の上がる広場へと躍り出た。
かつては恐怖で震えていた指先も、今は静かにトリガーにかかっている。
これは「演奏」だ。
私の生活(リズム)を守るための。
◇
その夜。
現実世界のリビング。
「お、詩祈。起きてたのか」
仕事から帰ってきたマサ兄が、少し疲れた顔で微笑む。
私はドキリとして、背中に隠した手をぎゅっと握った。
昼間、通販で届いたばかりの包み。
「うん。……マサ兄、おかえり」
「ただいま。顔色が少し良くなったな。何かいいことでもあったか?」
「えっと、その……」
私は勇気を振り絞り、包みを差し出した。
「これ。……あげる」
「ん? 俺に?」
「……うん。いつも、ありがとう。マサ兄」
マサ兄は驚いた顔で包みを受け取り、丁寧に開ける。
中から出てきたのは、少し高級なコーヒー豆のセット。
「これ……結構いいやつじゃないか。どうしたんだ、お金は?」
「あ、えっと……ちょっと、ネットで……ポイントが貯まって」
「そっか。……ありがとう、詩祈。本当に、嬉しいよ」
マサ兄は、今まで見たことがないくらい優しく目尻を下げた。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(ああ、よかった……)
ゲームの中での殺し合いも、罵り合いも。
すべては、この瞬間のためにあったんだ。
『ミッション・コンプリートですね、マスター』
部屋のスピーカーから聞こえないはずのツクモの声(幻聴かもしれない)がした気がして、私は小さく笑った。
(もっと強くなる。……この笑顔を、ずっと守れるように)
私はマサ兄と並んで、コーヒーの香りが漂うリビングで静かな夜を過ごした。
明日、更なる試練が待ち受けているとも知らずに。
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[Tsukumo's Observation Log]
対象: マスター(斉木 詩祈)
状態: 精神的充足感(最高値)。幸福ホルモンの分泌を確認。
メモ: 積み上げてきた日々が、確かな形になりましたね。貴女が守りたかったのは、ランクでも数字でもなく、この「温度」だったのでしょう。……でも、油断は禁物ですよ。光が強くなれば、影もまた濃くなるものですから。
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ガンショット・アリア ~引きこもり少女、VRMMOでSランク傭兵を目指す。相棒は口の悪いシマエナガ~ 耳口王 @holy0111
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