Track.2 『鉛の雨と、少女の値段』
「――はぁ?」
薄暗い路地裏。
私は思わず、素っ頓狂な声を出していた。
目の前に表示されたリザルト画面。そこに映る数字が、あまりにも予想外だったからだ。
「……これだけ? あれだけデカい鉄屑を壊して、たったのこれだけ?」
【報酬:3200 Cr】
【支出:弾薬費 -1800 Cr / 機体修理費 -1200 Cr / 企業手数料 -150 Cr】
【純利益:+50 Cr】
「50クレジット……」
日本円にして、約50円。
命がけで巨大兵器と踊って、得られたのは駄菓子代だけ。
「マスター、文句を言わないでください」
肩の上で、ツクモが呆れたように羽を震わせる。
「貴女の動きは派手すぎます。回避機動のたびに膝の関節駆動系(サーボ)に過負荷がかかっているんですよ。それに、最後のゼロ距離射撃……跳弾の破片で自分の装甲も削れています」
「だ、だって……ああしないと勝てなかったし」
「ピ! まぁ、初期装備にしては上出来ですが。もっとスマートに、優雅に殺(や)らないと。このままでは、高級焼肉(高ランク支援金)どころか、明日のパン代も稼げませんよ?」
ツクモの言葉がグサリと刺さる。
世知辛い。
現実はもちろん、ゲームの中ですら、金がなければ何もできないなんて。
「……もっと稼げる仕事、探さなきゃ」
私は重たい足取りで、中立エリアにある『酒場(ラウンジ)』へと向かった。
◇
酒場の扉を開けると、そこは紫煙と電子ドラッグのようなネオンの光に満ちていた。
大音量の重低音BGM。
そして、ガラの悪い傭兵たち。
ここは『バレットフィリア』における情報の交差点だ。
正規の企業ミッションだけでなく、プレイヤー間での裏取引や、危険な「闇依頼」が飛び交う無法地帯。
私は極力目立たないよう、カウンターの隅に席を取った。
華奢なアバター。初期装備(に見える)ハンドガン。そして肩には愛らしいシマエナガ。
……完全に浮いている。
「おい見ろよ、あのお嬢ちゃん」
「観光客か? 迷子センターはあっちだぜ」
「キャハハ! その鳥、焼き鳥にしたら美味そうじゃん」
周囲から投げつけられる、嘲笑と好奇の視線。
現実世界で何度も浴びてきた、あの嫌な空気と同じだ。
私は深くフードを被り直す。
(……うるさいな。早く稼ぎたいだけなのに)
その時だった。
「よう、そこの可愛らしいお嬢さん」
ドスン、と隣の席に誰かが座った。
見上げると、重装甲のタンク型アバター。全身に棘のようなスパイクをあしらった、いかにも「悪役」といった風貌の男だ。
背後には、取り巻きらしき中量二脚型が二人。
「俺たちは『マッドドッグス』。この辺りのエリアを仕切ってるモンだが……お嬢さん、見かけない顔だな? Gランクか?」
「……そうだけど」
「へへっ、やっぱりな。なぁ、ここは危険だぜ? 俺たちが『教育』してやろうか?」
男――リーダーのバザルトと表示されている――が、下卑た笑いを浮かべて私の肩に手を伸ばす。
その指先が、ツクモに触れようとした瞬間。
「……触るな」
私の口から、自分でも驚くほど低い声が出た。
ツクモは、マサ兄がセットアップしてくれた大切な家族だ。それを汚されることだけは、許せない。
「あァ? なんだその目は。……おい、こいつを『裏(そと)』へ連れ出せ」
バザルトが顎をしゃくると、取り巻きたちが私の退路を塞いだ。
ここ(酒場)は戦闘禁止エリアだが、一歩外に出れば無法地帯だ。
「マスター、ついていきましょう」
ツクモが、私にだけ聞こえる通信回線で囁く。
「え?」
「カモがネギを背負って……(黒笑)」
「……どういうこと?」
「このゲームには『対人戦(PvP)』に特有のルールがあるんです。ご存知ですか?」
私は首を横に振る。
「ご説明しましょう。まず、対人戦で負けたプレイヤーには三つの地獄が待っています」
ツクモは嬉々として、恐ろしい説明を始めた。
「一つ目は**『ランクポイントの剥奪』。所持ポイントの30%を勝者に奪われます。必死に貯めた市民権が一瞬で消える恐怖……ゾクゾクしますね」
「二つ目は『装備ロスト』。死亡したアバターはその場でアイテムボックスと化し、装備品を勝者に奪われます。つまり、全裸でリスポーンです」
「そして三つ目。破壊されたアバターの『再構築費用(修理費)』**。これは高額すぎて、借金(ローン)を組むプレイヤーもいるとか……」
聞いてるだけで胃が痛くなる。
つまり、負ければ終わり。積み上げてきた全てを失う。
「……ってことは、あいつらは私をカモにして、ポイントと装備を奪おうとしてるってこと?」
「正解です。……ですが、逆もまた然り」
ツクモの瞳が、危険な赤色に明滅する。
「私たちが勝てば、あいつらは**『歩く貯金箱』**です。ドッグタグを奪えばポイントは貴女のもの。装備を奪って売り払えば、弾薬費どころかお釣りが出ます」
「……!」
一攫千金。
地道なミッションの何十倍もの稼ぎ。
マサ兄に、もっと早く恩返しができる。
「……わかった。やる」
私は立ち上がり、バザルトたちについていく。
恐怖はない。あるのは、静かな計算だけ。
◇
連れてこられたのは、酒場の裏手に広がる廃棄区画だった。
狭い路地裏。散乱するコンテナ。
3対1。
「ギャハハ! 観念しな! その可愛いAI、パーツ取りに売り払ってやるよ!」
バザルトが巨大なショットガンを構える。
取り巻きたちもアサルトライフルを展開した。
圧倒的な戦力差。
普通なら絶望する場面だ。
でも、私には聞こえている。
彼らの足音。
重たい装甲が擦れる音。
トリガーに指をかける、微かな金属音。
(……うるさい。リズムが悪いよ)
「ツクモ、同調(リンク)!」
「合点(ガッテン)! 合法的な強盗(カツアゲ)の時間ですよォォッ!」
「死ねェ!」
敵の一斉射撃。
私は地面を蹴り、壁の配管へと飛び乗った。
三次元機動。
弾丸の雨が、私の足元を削っていく。
「遅い!」
空中で反転しながら、『エレジー』を放つ。
タン、ッ!
乾いた発砲音が一つ。
取り巻きAの頭部カメラが破砕され、彼は視界を失ってパニックに陥る。
「なっ!? どこだ!」
「上だ! 撃て撃て!」
もう一人の取り巻きが上空へ銃口を向けるが、私はすでにそこにはいない。
着地と同時にスライディング。
敵の懐へ。
『クライ』を敵の膝関節に押し当て、ゼロ距離射撃。
ガギィン!
「ぐあぁぁッ!?」
二発。たった二発で二人を無力化。
残るはリーダーのバザルトだけだ。
「くっ、チョコマカと……! 潰れろォ!!」
バザルトがシールドを展開し、タックルのように突進してくる。
路地裏という狭い空間では、あの質量攻撃は避けきれない。
正面からの射撃はシールドに弾かれる。背後の放熱板を狙うには、回り込むスペースがない。
(詰んだ……?)
死の予感が背筋を撫でた、その瞬間。
『マスター、3時の方向! あの看板を狙ってください!』
視界に、ツクモからのARガイドラインが表示される。
それは敵ではなく、壁に立てかけられた錆びついた看板を指していた。
一見、何の意味もない場所。
でも――。
「信じるよ、ツクモ!」
私は迷わず、看板へ向けて『クライ』の銃口を向けた。
「あさっての方向向いてんじゃねぇ! 終わりだぁッ!」
バザルトが目前に迫る。
私は引き金を引いた。
キンッ!
乾いた金属音。
看板に当たった弾丸は、ありえない角度で跳ね返り(リコシェ)、さらに地面のドラム缶で跳ねた。
幾何学的な死の軌道。
ドォン!
「が、はッ……!? な、なんで後ろから……!?」
バザルトの背中――唯一無防備だった放熱板(ラジエーター)が、内側から爆ぜた。
動力炉を破壊された巨体が、慣性で私の目の前まで滑り込み、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「計算通りです。ふふ、私の計算とマスターの腕があれば、弾丸に意思を宿すことなんて容易いですよ」
ツクモが得意げに胸を張る。
私は崩れ落ちたバザルトの背中に飛び乗り、冷たい銃口を彼の後頭部に突きつけた。
「ひ、ひぃッ! 待て、待ってくれ!」
バザルトの声が震えている。
さっきまでの威勢はどこへやら、そこにあるのはただの敗者の恐怖だ。
「か、金ならやる! ポイントも全部やるから、装備だけは! このタンク装備、ローンがまだ残って……!」
「……いらない」
私は冷たく言い放つ。
「君の値段(カチ)を決めるのは、君じゃない。……私が奪うから」
引き金を引く。
容赦のない銃声が、路地裏に響き渡った。
◇
『ランクポイント獲得。Gランク → Fランクへ昇格』
『戦利品:重量級パーツセット、クレジット25000 Cr』
バザルトたちの残骸から回収したドッグタグと装備。
その価値は、私の想像以上だった。
一回の戦闘で、一ヶ月分の生活費になりそうな金額。
「うわぁ……本当に貯金箱だった」
「ピ! 言ったでしょう? 害虫駆除も立派なビジネスです」
ツクモが満足げに羽を広げる。
私は震える手で、増えた口座残高を見つめた。
これで、マサ兄に何か美味しいものを送れるかもしれない。
ふと、背中に視線を感じて振り返る。
路地裏の入り口。
いつの間にか人だかりができていた。酒場のモニターで、今の戦闘を見ていた傭兵たちだ。
「おい、見たかよ今の……」
「跳弾(リコシェ)だろ? でも、あんな角度ありえねえぞ」
「壁に当たって、まるで生き物みたいに曲がって背中に吸い込まれた……」
ざわめきの中に、誰かがポツリと漏らした言葉が耳に残る。
「まるで**『呪い』**だ……」
狙われたら最後、物理法則を無視してでも食らいついてくる、呪われた弾丸。
そんな恐怖と畏怖が、彼らの瞳には宿っていた。
それが、私が**『呪弾の歌姫』**と呼ばれるようになる始まりだったと知るのは、もう少し先の話だ。
私はフードを深く被り直し、その場を後にした。
私の名前が、この錆びついた都市(レジストリ)に刻まれ始めた瞬間だった。
====================
[Tsukumo's Observation Log]
対象: マスター(斉木 詩祈)
状態: 精神的ストレス値上昇。対人戦闘への忌避感は薄れつつあるが、戦闘後の虚脱感が大きい。
メモ: ゴミ掃除お疲れ様でした。……ただ、あまり汚れ仕事に慣れないでくださいね。貴女の手は、マサ兄様と繋ぐためのものですから(でもタグ回収は忘れないでください、生活費のために)。
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