『理想のシチュエーション』と『出来ないバク転』

「武元くんは乙女心ってものが、まるでわかってない!」

「ごめんなさい」


 二人きりの部室で、腕を組み、仁王立ちを続ける笹倉さん。

 正座を維持する僕を見下ろし、言葉を続ける。


「とにかく武元くんは雑すぎるの! 思春期娘の頭を撫でてくるお父さんくらい雑!」

「……ん? よくわからないんだけど」

「口答えしない!」

「えー」

「しない!!」

「……はい」


 突き刺さりそうなほど目尻を釣り上げ、僕を叱りつける、自称思春期コスプレ少女。

 そんな部室の支配者に同調するように、部室の床が僕の足からじわじわと体温を奪っていく。

 この手狭な部室内に、僕の味方は誰もいない。


「とにかく!」


 笹倉さんはわざとらしく人差し指を立て、そのまま伊達メガネのブリッジを軽く押し、僕を睨みつける。


「武元くんには、私の大事な乙女心を踏みにじった責任、取ってもらうから!」


 笹倉さんはそう言い切り、僕に人差し指を差し向けた。

 一拍の静寂が、僕たちの間をすり抜ける。


「……笹倉さん」

「なによ」

「…………その言い回し、ちょっといかがわしくない?」


 思わず素直な感想を言ってしまった僕。

 そして目の前には、ブックカバー付きの文庫本を阿修羅のごとく振り上げた笹倉さん。

 彼女の愛用しているブックカバーが、意外と固くて丈夫なことを、僕は身をもって知っている。




「『理想の相合い傘シチュエーション』……?」

「そう、『理想の相合い傘シチュエーション』だよ」

「……??」

「心底意味がわからない、みたいな顔をしない!」


 つまり、笹倉さんが言うには、「自分の乙女心が満足する『理想の相合い傘シチュエーション』の再現に協力、もとい強制参加しやがれ」と、いうことらしい。


 小さなたんこぶができた頭を抑えながら、僕は思う。


(笹倉さんの乙女心……さすがに難解過ぎない?)


 『理想のシチュエーション』ってなんだ?

 相合い傘は一つの傘に二人で入ることじゃないのか?

 それにどんな『理想』があるんだ?


 ……回転しながら傘に入り込むとか、そういうことなのか?


 ぐるぐると熟考すること、瞬き二つ分。

 胸に詰まった息を、少し吐き出す。


「……ふう」

「ある程度、予想はついたみたいだね」


 首を、縦に浅く振り、一つ確認する。

 大事な確認だ。


「なにかな」


 自分の無知と、運動神経の悪さを恥じながら、しっかり彼女と目を合わせた。

 真剣な僕の眼差しに答えるためか、笹倉さんが僅かに息を呑んだのがわかる。

 不安を抱え、意を決し、僕は口を開く。


「側転ならできるけど……それだけで、大丈夫そうかな?」

「何をする気だ!?」


 バク転はできないんだ、ごめんよ。

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2026年1月18日 18:08
2026年1月19日 18:08
2026年1月20日 18:08

『笹倉さんが考える、理想の相合い傘シチュエーション』と『それが全く分からない、僕』 醍醐兎乙 @daigo7682

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