コンプレックス・パラドックス

コトワリ

第1話 シンデレラ・コンプレックス

『連続ログインボーナス478日目!レっちゃん!今日のプレゼントはこれだよ!』


 ホーム画面に設定した私の推しが、有り余っているゲーム内通貨を笑顔で渡してくれた。もしこれが現実だったなら、私はもらった通貨をおまもりにするか机の中に大事にしまっておくかするのだろうが、所詮は二次元。実際に取り出せるわけでもない倉庫に自動的にしまわれていく。

 連続でゲームを起動した日数だけが、私の誇り。


(さて、デイリーミッション回るか…。)


 すでに覚えた手つきで、ロード画面の先を読み指を小刻みに動かし続ける。しかし駅のホーム、さらには季節が秋。寒さを体が感じ始めた今日この頃、いつものタップも滑らかにはいかない。指先の出ている手袋でも買ってみようか。


(そんなお金があったら課金するか、アルバム買うか、私なら。)


 登坂とうさかれつ、高校二年、17歳。大抵ジャージで眼鏡、髪は肩下あたりまでのボブ。友達皆無で恋愛経験もちろん皆無。いわゆる陰キャってやつだと自負してる。学校でも休み時間になればすぐにスマホを取り出しイベントアイテムの周回。それが終われば推しのアイドルグループ『Express』の曲をイヤホンから垂れ流す。それが幸せ、それだけで幸せ。


(どうして人って群れるんだか、幸せを追い求めるんだか。私にはわかんないな。)


 私のイヤホンはノイズキャンセリングがついていないから、必然とクラスの女子の声が耳に入ってきてしまう。やれ彼氏ができただとかフラれただとか、やれ今日はイケてないだとか授業が終わったら遊びに行こうだとか。


(疲れないもんなのかね…。)


 仕方なくいっている場所、学校。できることなら…。


〈まもなく、〇番線に電車がまいります。黄色い線の内側までお下がりください。〉


 アナウンスに掻き消えた心理的裏面。私の乗る電車が来た。

 時刻は18時。会社員や部活終わりの学生はいるものの、人数は少ない。

 ぷしゅーと電車の扉が開く。乗って、帰って、ご飯を食べて、音楽を聴きながらソシャゲをして、寝る。これで終わり。これが日常。

 苦を一切感じない、未来を考えていない私の日常。


(ずっとこのままでいたいな。)


 スマホを手放さず足を進めた私を、死神が捕まえる。


「ちょっと、ゲームしてる子。これ落としたよ。」

「あっ、あ…。」


 緊張からすぐさま振り向くと、そこには私の鞄から落ちた推しのぬいぐるみを手に持っている超イケメンが私を呼んでいた。異性どころか同性とすら、年上どころか同年代とすら会話した記憶が遠く無い私の頭はいともたやすくフリーズした。


「大丈夫?ほら。」

「あ、ありがとございましゅ…。」

「うん、電車早く乗った方が良いよ。言っちゃう。」

「あ、う、は、はい。」


〈〇番線、〇〇行き電車が発車します。〉


 おどおどと返事をし、たじたじと電車に最後に乗り込んだ私の心臓はバクバクと跳ね上がる。電車の揺れより私の心臓の揺れの方が大きいんじゃないかって思うほどには音がうるさかった。


(あんなの…実在したんだ。)


 ほとんど男を見たことのないような私でも、あの人は別格だって流石にわかった。白Tの上に薄手の黒パーカーを羽織っていて、すこし色のくすんだ青色のデニムを履いていた。無造作で伸びかけた黒髪はだらしなさを感じさせるのに、元の顔が良すぎてそれすらも似合ってしまっていて。まるでモデル雑誌の表紙から出て来たんじゃないかってくらい。


(モデル雑誌なんて読んだことないけれど。)


 電車の中、私の指先は温かかった。



「ただいま。」

「おかえり。ご飯もうできてるわよ、早く着替えてきなさい。」

「うん。」


 家に帰ってきて自室に入り、フィギュアとアルバムだらけの部屋である意味異色を放っている鏡の前に立ってみる。


「ははっ、あのイケメンの隣には合わないね。」


 自虐的に笑った私の姿は、まるっきり芋女。むしろ一瞬でも並んでみたいと思った自分がいる事に驚いて、私はいつもの日常に身体を漬け込み直した。



 ・・・



 翌日、多分珍しい行動をしてたんだろう。少し教室から視線を感じる。昨日の事が忘れられていなかったから、窓際の席の私は窓の外を眺めていただけなのに。


(私が釣り合うわけないのに…ダメだな。一回美味しいご飯食べちゃうと忘れられない。)


 あんな一瞬会話しただけなのに、たった一回優しくされただけなのに。昨夜のショート動画を何度もリピートする私は、我ながら情けない。音楽を流して本格的に忘れた方が良い。あーいう人種とは生涯平行線、交わることなんてないんだから。


(Express、新曲出たんだっけ。聴かなきゃ。)


 イヤホンで耳を塞ごうとしたのだが間に合わず。近くで話の花を開かせていた女子たちの話題が滑り込んできてしまう。


「今日カラオケ行かない?ほら、早く終わるじゃん。」

「んじゃ予約っとこか?」

「よくね別に、平日だし人いないっしょ!」

「そだね~。」


 カラオケ、ね。あんなの何が楽しいんだ。素人の曲をかわるがわる聞いて、うまくもない自分の声を聞かせて。


(もし私が行っても、推しの歌しか知らないし。推しの曲を汚すことになるし。)


 誘われてもないのに思考は止めない自分自身がなんだかとっても惨めになった。



 ・・・



 いつもより早く始まった放課後。まっすぐ帰る前に駅の中の本屋で買い物を済ませた。ある程度大き目な駅に平日はほぼ通える。学校に行く利点はこれくらいだ。


(あのゲームのイラスト集買えて良かった…。売り切れてたらどうしようかと。)


 …まぁ、きっちり一冊すら無くなっている様子はなかったんだけど。サ終しないように私が頑張らねば。だから頑張れ運営。点滴みたいなもんなんだよ私の。

 本屋から出て、今度こそまっすぐ駅のホームに向かう。いつもはない重たい荷物に、ほんの少し面倒を感じた。


(にしても重いな…。それだけ愛が重いってことではあるんだろうけど。)


 帰った後、痕がついているかもしれないけれど、それは幸せの証。だから何も苦なんかじゃ…。


「あれ、昨日の子。」

「ひっ?!」

「あごめん咄嗟に話しかけちゃった…。」


(なぜいる?!)


 本屋から少し出た辺りで、私は昨日のあのイケメンに声をかけられてしまった。なんだなんだ、まさか昨日のお礼でお金をカツアゲされるのか?!


「重そうだねそれ。持ったげようか?」

「い、良いです…。大丈夫なんで、ほんと…。」

「いや持つよ。」


 そう言ってイケメンは重たい本の入った袋を私から取った。抵抗しない私、何してんだ私。


「これから電車乗るの?」

「ま、まぁ。」

「なら改札まで一緒に…。」

「嫌です。」

「え。」

「嫌です。」


 それだけは流石にNO。人目のつくところでこんなの、いやこんなのっていっちゃ失礼だけど、こんなのと歩けるかっての。場違いすぎる。死因:場違いなんて生涯は嫌すぎる。


「昨日はありがとうござました。それじゃ!」


 (すまん本!今度、今度は絶対置いて行かないから…!!!)


「ちょっ、待ってよ。」


 私の決死の逃走は軽く腕を掴まれて止まってしまった。


「本。いらないよ。」

「あ、そ、そうですよね…。すいません。」


 返された本はさっきよりさらに重たい気がした。


「それ何の本?」

「え、げ、ゲーム…。」

「そういえば昨日やってたね。ゲーム好きなんだ。…なんで家でやらないの?」

「外でも…やりたい…ので。」

「ふぅん…。」


 とうに私のメンタルは限界値を超えていた。普段お母さんとお父さん以外との会話0なのに、突然イケメンと会話してんだから。


(スライムしか倒せない私に魔王は無理!無理無理無理!!!)


 どうしても目を合わせようとしてくる男から私は何度も目線を外した。

 何なのじゃコイツ~…!!

 どうする、そろそろ大声を出して逃げる?いや私にそんな勇気ないし…。


「何?カラオケ行きたいの?」

「へ?」


 どうやら目線をずらしていた先に、カラオケの広告が貼ってあったみたいで。行くわけないじゃん…。初対面の男女でカラオケボックスって、ないない。


「じゃ行こう!俺も行きたかったんだ。」

「え、あ。」


 すでに私に拒否する胆力も、ないない。


 ・・・



 駅近くのカラオケにメンタルブレイクで到着。道中、結局重たいゲームの本を持ってもらってしまい逃げることもできず…。


「さ、どうぞ。」

「はい…。」


 男は慣れた手つきで電気を消しだしたのだが、私がびっくりしたのがわかったのかすぐに電気をつけ直してくれた。


「何飲む?取ってくるよ。」

「……なんでもいいです。」

「りょ。」


(私何されるんだろう…。もしや殺されるのか。)


 ぶるぶると震えながらきょろきょろと周りを見てから、スマホを開き検索を開始した。


(えーと…男…カラオケ…誘拐…。)


「おまたせ。」

「うわっ!」

「俺そんな声デカいかな…。はいお茶。」

「あ、ありゃす…。」

「うん。」


 男は飲み物の入ったコップを二つ机に置いてから、入口近くの椅子に座った。

 逃げられない…。あぁ、殺されるんだ私。ごめんなさいお母さんお父さん。親孝行を一切しない娘で。

 神に祈りを捧げていると。


「ねぇ。」

「煮るなり焼くなりしてください。」

「何言ってるの…。これ?そのゲームのやつって。」


 男が見せて来たスマホの画面には、私の大好きなソシャゲの画像が検索結果に出てきていた。


「そ、そうです。」

「へー。楽しいの?」

「一応。」

「そう。…俺は良いや。ハマらなそう。」

「は、はぁ…。」

「よし歌おう!」


 寿命が少し伸びたようだ。つかの間の安堵に心を落ち着かせて、目を開くと私の前にはマイクがあった。


「あ、どうぞ…。」


 マイクを男の前に出したが、戻って来た。


「何言ってるの、君も…待って名前何?」

「と、登坂茢です。」

「レっちゃんか。」


 偶然にもソシャゲでの名前と重なり、どきんと心臓が跳ねあがる。


「レっちゃんも歌うんだよ。」

「で、でも私歌った事なんて…。」

「俺もない。」

「なのにカラオケ来たんですか!?」

「いやぁ、実はさ。俺カラオケ食わず嫌いで。でも周りの友達全員美味いからちょっとやっとかなきゃだなぁって。レっちゃん絶対行ったこと無さそうだったし。」


 間違いではなかったけれど痛恨の一撃。


「それで連れて来たんですか…。」

「そ、ごめんね。大丈夫18時には終わるから。じゃあはい、トップバッター。」

「嫌です。」

「俺だって嫌です。」

「うっ…。」


 ズルいぞそのイケメンフェイス。


「わかりましたよ…。知らない曲でも許してください。声もぼそぼそですけど。」

「良いよ、多分俺もだから。」


 いつもは慣れた手つきで動かせる液晶画面も、カラオケの機械となると上手くいかず。手間取りながらもソシャゲの挿入歌を予約した。もうこうなったらなるようになれ、だ。


「……そういえば名前なんですか。」

「俺?俺は無上むがみじゅん。大学二年生。」

「大人のくせに未成年引き連れたんですね。」

「あ。……これは俺とレっちゃんの秘密ってことで!」


 幸か不幸か、今日私は知り合いが一人増えた。多分ろくでもない、知り合いが。




 次の日の朝、私はソシャゲに映し出された画面を見て絶望した。


『おはよう、レっちゃん!連続ログイン一日目だよ!』


「……忘れてた。」











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2026年1月17日 21:30
2026年1月18日 21:30

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