紀元1000年

千年公-1

 月夜にフードのついたマントを羽織った一人の女性が、街を取り囲む城壁の上を歩いていた。長身で長足、スリムだが華奢ではない。腰ほどもある漆黒の黒髪が夜風になびき、月明りに照らし出されるその美貌は妖艶である。

 彼女の名前はミレリア。1000年を生きる人魚であり、帝国の魔術を作り出した魔女であり、この帝国で最も高名な貴族の一人でもある。


 ミレリアは城壁から外側の森を、その先を見つめた。森の向こう側の、さらに向こう側は、帝国の宿敵であるドラゴン達の領域となっている。以前はもっと、もっと遠くにあったが、この100年のドラゴン達の侵略によって、とても近くまで迫ってきた。いずれこの街も最前線になるだろう。この街は彼女の領地のうちの1つであり、彼女の故郷でもあった。いずれ来るであろう日に備えて、少しづつ領民の避難なども進めている。


 帝国はドラゴンの侵攻を止められていない。ドラゴンの侵攻によって、帝都に流入する難民が増える。難民が増えることによって、貧富の格差が露になり、治安が悪化する。その対処に手がかかり、帝国周辺部への軍事力の展開が遅れる。それによって、ドラゴンの侵攻が進む。悪循環。

 各地の貴族たちは自身を守るために、ますます私兵を強化する。貴族たちの間にも、自身を守れる強者と、そうでないものが出てくる。

 強者たちは最初に違和感を持つ。次に違和感の理由を探し始める。そして、とうとう、それを口にするものが出始めた。


「我々に、帝国は必要なのか?」


 帝国の遠心分離が始まりつつあった。


 ミレリアの部下たちの中にも、口に出さずとも、それを考える者もいる。しかし、ミレリアにそのつもりは一切ない。

 ミレリアは城壁から、月明りに照らし出される夜の街を見つめる。なぜ、自分は帝国を見捨てられないのか?それを考え始める。


 寵姫として宮中に上がり、長らく屈辱に耐えてきた彼女は、最初は帝国を憎んでいたはずだった。ただある事件をきっかけに、帝国から「国母」の称号を貰って以降、子供の出来ない自分にとって、帝国は自分の子供の替わりとなっていった。そのせいだろうか?

 それもあるかもしれないが、それだけではない。帝国がドラゴンに侵攻されて怒りを感じていたが、それは子供を痛めつけられたとかではなく、単純に自身の領域を犯したものに対する怒りだった。

 ミレリアは、自身が、自己本位の人間であると思っている。負けを認めるのが、嫌なのだ。その相手が敵であろうと、自分であろうと。1000年を帝国と共に生きてきた彼女にとって、帝国の敗北は自身の敗北を意味する。それが、許せない!


 少し前に帝都の貴族に年齢を聞かれた。多分1000歳くらい、と言ったら、「それは素晴らしい!ぜひともみんなで祝いましょう!」と言われ、帝都でパレードが行われてしまった。それ以降、巷ではミレリアのことを「千年公」と呼ぶことが流行っている。

 ミレリアとしては、自分の年齢を大々的に公表されているようで恥ずかしい。そもそも「公」と言えるのは国母時代以降なので、正確には700年公ではないかと思うのだが、たぶんミレリア以外は誰も気にしないので、そこは諦めている。


 1000年。人魚は不死だと言われている。しかしそれを証明したものは居ない。人魚は絶対数が少ないし、不死と言われてはいても、事故や殺されたりすることで、簡単に死ぬ。中には長い寿命に耐えられず、自殺する者だっている。実際に1000年生きている人魚は、ミレリアくらいかもしれない。人は、長く続いたものは永遠に続くと考えるが、実際には永遠などありはしない。1000年生きたミレリアは、なんとなくそれを知っている。

 帝国だって同じだろう。ミレリアは死期が近づいていることを悟っている。自分も……帝国も。

 いずれ何者かが帝国を滅ぼすだろう。ただで死んでやるつもりはないが、いずれその日は来るだろう。

 ミレリアはいずれ来るであろう、死を受け入れ始めている。


 ミレリアは夜の街から目を切り、城壁を再び歩き始めた。


 ミレリアの歴史は、帝国の歴史

 帝国の歴史は、ミレリアの歴史


「百年寵姫」

「冥府の女王」

「国母」

「守護者」

「水王」

「傾国の魔女」

「千年公」

 数々の二つ名を持ち、帝国と共に歩んできた、誇り高き女。


 帝国のミレリア



 ミレリアが歩いている城壁の先に、明かりが見える。大きな白い虎のような獣人と人間の男の二人がいる。見張りの様だが、お喋りの途中の様だ。どうやらサボっているらしい。

「しょうがない子たちだな……」

 少しいたずらをしてやろう。そう思って、ミレリアはフードを被って、気配を消して近づいていく。


「……しかし1000年生きるってどういう気分なんでしょうかね?人魚は歳をとらないとは聞きますが」

 白虎のお喋りの内容が聞こえてきた。どうやら、ミレリアのことを話題にしているらしい。

「俺たちの爺さんの爺さんが爺さん、だったときよりもずっと昔だからな。絶世の美女だとは聞くけど……お前はお顔を拝見したことはあるか?」

 お調子者っぽい男の方が答えた。

「なんかの行事で遠巻きに見たぐらいですね。……帝都に住んでいた時でも、直にお顔を拝見するような機会はありませんでしたし」

 白虎が答えた。おそらく1000年記念のパレードのことだろう。

「しかし1000年も美女のまま、ってホントかね?本当はシワクチャのおばあさんだったりして」

 お調子者が茶化したように言う。

(コイツ……人が気にしていることを……)

「どうなんでしょうね?しかし実際にお会いした人たちは美女だったと口を揃えていましたね」

 白虎がフォローをし始めた。

(良いぞ、もっと言え)

 お調子者がそれに返す。

「いやー、人の噂に尾ひれはついて回るものだろ。人魚なだけに」

 ミレリアはつい関心してしまい、思わず声を出してしまった。


 

「あなた、上手いこと言うわね」


 

[FIN]

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千年公ミレリア ikhisa @ikhisa

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