第9話 東京・令和8年(2026)

 フライパンの中の、すき焼きがぐつぐつと音を立てている。女将さんの声がした。


 「源ちゃん。もう煮えてるよ」


 その声に、俺は狙いをつけていた肉に箸を伸ばした。すると、横から大将の箸が伸びてきて、その肉をかっさらった。


 「大将。それは俺の肉だ」


 大将は奪った肉を生卵に浸すと、一気に口の中に入れた。


 「関西風のすき焼きは砂糖が多すぎらあ。東京モンの俺の口には合わねえや」


 そう言いながら、大将の箸はもう次の肉を掴んでいる。俺も負けてはいられない。できるだけ大きな肉を掴むと、急いで生卵に浸して口の中に放り込んだ。


 女将さんが笑った。


 「まあ、二人とも子どもみたいだねえ。そうそう、さっき、江戸のお蘭ちゃんからお礼が来たよ。源ちゃんにも、お前さんにも本当にお世話になりましたって」


 俺は疑問に思っていたことを聞いた。


 「そう言やあ、大将はあのとき、どうやって俺たちを助けに来てくれたんだ?」


 大将が俺を見て笑った。


 「おめえを送り出した後で、パソコンにメッセージがあったのに気づいたのさ。読むと・・手の幽霊なんて書いてあるじゃねえか。俺は異星人だってピンと来たぜ。でも、異星人となると極めて危険だ。それで、千賀子にレーザー銃を出してもらって・・機械タイムマシンで俺も急いで江戸に向かったってわけよ。本部に言って、レーザー銃使用の特別許可をもらってな」


 「大将はいつから久助になっていたんだよ?」


 「おめえとお蘭ちゃんが、涼泉院りょうせんいんの山門に入ったときからだ。あのとき、俺は庫裏くりにいた久助を眠らせて、入れ替わったってわけさ」


 俺は首を傾げた。


 「でも、あの人足を逃したのは痛かった」


 大将が首を振った。


 「あの男は時間航行をした形跡がない。空間だけ移動したんだ。だから、まだ延享えんきょう元年の江戸にいるはずよ。けえうちに本部から・・源、おめえにまた江戸へ行ってくれって指令がらあな。やつのお陰で、おめえは、もう一度お江戸に行けるってえわけだ」


 大将が俺の顔を覗き込んだ。


 「源・・おめえ、お蘭ちゃんに・・ほの字だろ?」


 「ば、馬鹿を言うない」


 俺は慌てて横のテレビに眼をやった。東京ドームの巨人ー阪神戦を中継している。テレビから歓声が上がった。誰かがホームランを打ったようだ。テレビに見入る俺に女将さんの笑い声が届いた。


 「源ちゃん、赤くなってるよ。お前さん、いいねえ、若い人は・・」


          了

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源四郎、夜半ノ戯言(やはんのざれごと) 永嶋良一 @azuki-takuan

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