見えざる手

異端者

『見えざる手』本文

「これで四件目……」

 荒らされた屋内で、刑事の矢口やぐちはそうつぶやいた。

 手口は同じ。家主の留守を狙ってピッキングして盗みに入る。

 その特徴から、同一犯と思われた。

「正月ぐらい、休みたかったんだがな」

 背後でそう言ったのは、先輩刑事の弓塚ゆみづかだ。やる気なさげに頭をかいている。

 まあ、定年間近という年だ。今更、緊迫感を持てというのも無理だろう。

「しかし、どこも金銭的に余裕のある家庭ばかりですね」

 矢口はそこが気になった。

「ま、都会なら、家を見ればどの程度の金が余ってるか分からなくもないが……こんな田舎では、金がなくともでかい家も多いしな」

 確かに田舎の家は、金銭的に余裕があるかに関わらず、大きな邸宅も多い。

 それは先祖からの土地家屋がある場合が多いので、必ずしも現在が裕福であるとは限らない。

「車を見た可能性は?」

 矢口は言った。

 そうだ。車を見れば、それが高級車かどうかで――

「そんなもん、金がなくとも見栄で高級車に乗ってるのもいるだろ。逆に金があっても軽トラの家もある」

 あっさりと論破された。

「じゃあ、犯人はどうやって裕福な家にばかり目星を……」

「そこが、気になるところだな。入念に下調べしたか、元々土地勘があるか……」

 弓塚も首をかしげる。

「指紋は、今回もなさそうですね」

 鑑識の男が告げる。どうせ手袋ぐらいしているだろう。

 効率的に裕福な家ばかり狙う犯人が、指紋を残すという凡ミスをするはずがない。

 盗られた物は、特定が少々面倒だった。犯人は必要以上に引っかき回したらしく、あちこちに物が散乱していた。金品を探すというよりも、単純に引き出しの中の物をぶちけたように見える所もあった。

 まるで、何かを隠しているように……隠す?

 これだけ荒らされていたら、無くなった物の一つや二つ隠せるのでは?

 矢口の頭にひらめきがあった。

「ちょっと、署に戻ります!」

「おい! どうしたんだ?」

 弓塚の戸惑い声を無視して、警察署に行こうとする。車を出すギリギリのタイミングで、弓塚が助手席に乗り込んだ。

「何か、気付いたのか?」

「現場を荒らしていたのは、金品を探すだけでなかったのかもしれません!」

「それじゃあ、何を探していたんだ?」

 それに答えずに矢口は車を飛ばした。

 警察署に戻ると、過去三件の盗品のリストを探す。

 あるはずだ、この中に……金銭的価値が低くて、なおかつ盗まれた物。

 あった! これだ!

「分かりました!」

「何が分かったんだ?」

「犯人が裕福な邸宅の留守ばかりを狙えた手口です!」

「なんだと!?」

「これです!」

 矢口はリストの中の一つの項目を指差した。

「……福袋の袋?」

「はい、近隣では高級百貨店のブランド品福袋の袋です」

「確かに、金銭的に余裕がなければ買えないだろうが……どうやって買った家を特定する?」

「おそらく、福袋の見え辛い所……例えば、底の厚紙の下等にGPSと盗聴器を仕込んでおけば……」

「なるほど、それで買った物がどこに運ばれたか、人の気配がするか分かるか」

 弓塚が納得したというようにうなずいた。

「そうです。それで盗みを終えた後には、見つからないように袋ごと持ち去った」

「部屋をやたらと荒らしたのは、何がなくなったか分かり辛くするためか」

 弓塚は頭をかきながら言った。そして、

「店の方に問い合わせてみる。福袋の準備の時に不審な奴がいなかったかどうか」

 即座にそう続けた。

「お願いします。こっちは、先程の現場にも福袋があったかどうか確認してみます」

 矢口は現場の刑事へと電話を掛けた。


 結果は矢口の予想通りだった。

 福袋の作成の際に、臨時のアルバイトを雇ったそうだったがその中の一人の個人情報は偽装だと分かった。あくまで臨時だったため、確認が甘かったようだ。

 四件目の現場にも、同様の福袋があったことが分かった。

「しかし、発信機が持ち去られたのであれば、どうすれば次の事件の場所を特定できるか……」

 矢口は署内で次の一手を悩ませていた。異動前に都市部にいた頃には、あと少しなのに証拠不十分で逃げられた苦い経験があった。もうあんな思いはしたくなかった。

 電波には、周波数は無数にある。せめて犯人の仕込んだGPSのうち一個でも確保できれば、型番等からそれも特定できたかもしれないが……。

「ここは善良な市民様の協力をあおげばいい」

 とっさに弓塚が言った。

「は? それは――」

「お前は都会育ちだから、こんなのにはうといだろうがな。……独断ではできんから、課長にお願いせんとな」

 弓塚は課長に相談しだした。

 聞き終えた課長は、深いため息をついた。

「ちょっと、弓さん。そんな予算が出るかどうか……」

「安い給料でやってんだ。そこはオマケしてくれ」

「はあ……仕方がないな」


 後日、福袋の中身に不備があったというその百貨店のお詫びが新聞朝刊チラシとして配達された。

 不備があったため、購入した者は即座に連絡してほしい――もちろん、購入した家庭を特定するために弓塚が考えた嘘であり、費用は警察側の負担である。

 しかし、その効果は抜群だった。その日の朝から、購入したが大丈夫かというむねの連絡が相次いだ。結果的に、それまでの犯人の行動パターンと合わせて次に狙われる家は数件に絞り込まれ、捜査員が張り込むことが容易となった。

「こんなにすぐ、効果が出るんですね」

「ま、今はオールドメディアだとかなんとか言われるが、今でも田舎では新聞チラシが強い。地の利はこっちにある」

 弓塚は長年ここで務めてきたため、慣れているようだった。


 結果的に、犯人グループは逮捕された。グループのリーダーは元々、都会で盗聴等の違法ギリギリの探偵紛いの商売をしていたそうだが、警察に目を付けられてやり辛くなって地方に逃げてきた男だった。

 その部下たちは、地方であぶれた者をなし崩し的に集められた連中だった。リーダーだった男と比べると格段に考え無しで、ほぼ指示通り動くだけの操り人形だったようだ。

 自分自身で逮捕できず、別の現場を張り込んでいた捜査員が逮捕したことが矢口は少し不満げだったが、弓塚はそんなものだと笑って言った。

「お手柄だったな。お前のおかげだ」

「ですが――」

「結果的に犯人が捕まれば、それで良いんだ。細かいことは気にするな」

 まだまだ、この人には勝てないな――矢口はそう思った。

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