こんな切り口で「このワード」を料理してくれるとは、と読んですぐ嬉しくなりました。
その村では「晴れ男」や「晴れ女」のような存在が「特産物」として扱われている。
それらは「のうてんきパワー」なんて言葉を発し、世の中に晴れとか雨とかの天気をもたらしてくれる。
それらは人間ではなく特産物として「収穫」できるもので、ふるさと納税とかをしてくれた人のもとに贈ることにもなっている。
でも、やはりそれは「農産物」のような特性も持っている。
それゆえに、「需要と供給のバランス次第では、価値がとても低いものになる」という問題点も。
農業の世界では「作り過ぎる問題」とかで、せっかく作ったキャベツなどを廃棄せざるを得ない(というかそういう指示を受ける)ということも起こりえます。
そんな感じの生産調整を行わねばならないのかと悩まされる人々。
誰もが知る「晴れ男」とかのワードがこういう生産調整の対象になり、作り手たちが頭を悩ませる、という世界観がとても面白かったです。
果たして、彼らはどのような決断をすることになるのか。
最後まで「農業」ならではのイメージを貫き、「その世界観」ならではの解決策に辿り着く。その感じが微笑ましく、その上で新鮮さな味わいに満ちた、とても楽しい作品でした。
天気村では、ふるさと納税の返礼品として特産物を用意していました。この村でしか栽培できない『雨男』『雨女』『晴れ男』『晴れ女』という人型埴輪様な形状物です。
『雨』の頭部に黒雲模様が、『晴』のそれには小さな太陽を象った発光体が付いているから愛らしく、晴れの日には『雨』の特産品が売れ、逆もまた然りというから分かりやすい。
でもここで問題発生。
その中間である『曇り』がこの村になかったのです。極端な気象に振り回され、特産品の需要は極端に偏り、村役人たちは頭を悩ませます。
そんなある時、普通なら絶対に同じ畝に植えない『雨女』と『晴れ男』とを隣り合わせで植っている場面を発見します。
そのとき中和のように打ち消し合うことがわかって役人たちはその現象に目を見張ります。
雨も晴れも強すぎず、ちょうど良い『曇り』となっていたのです。
この程よさがこの村にはカッチリとハマったようで需要が急増。
一見、微笑ましいストーリーですが、こういう物語から学ぶ機会は多分にあると考えます。
何事も行き過ぎた考えや行動はやがてお互いに干渉し合い、いい結果をもたらしません。風刺的な意味合いも含まれていて考えさせられます。
学びのあるそんな素敵な小説です。