あまの原

「なにはづにー咲くやこの花ー冬ごもりー 今をー春べとー咲くやこのー花 ー」

やっぱり、なにはづの歌聞くと気が引き締まる

「今をー春べとー咲くやこのー花 ー」

さぁ、来い。

「わす」

パンパァン。短い破裂音が二度響く。わざわざ丁寧に見る必要はない。渡り手された。しっかし、最初から別れ札からくるか。まあ捨ててるみたいなとこあったしいいや。

「みをばおもわずーちかいてーし」

決まり字はよく聞き取れなかったが、後半聞く感じ、読まれたのは「わすら」だ。これで「わすれ」から「わす」に決まり字が変化。俺みたいな短い札好きは、こうした決まり字が短くなった札を取るしかない。それにしても、渡り手の速さが凄まじい。目の端で払われたのが認識するのがやっとだった。さて相手からの送り札は…嘘だろ。ここで「こころあ」?こっちに「こころに」がある状態で?今ので渡り手は得意じゃないと判断したか。てことは、相手のスタイルは渡り手とか絡めて3、4字決まりを狙う感じかな。それならあんまり得意なタイプではないな。なんとか短い札取ってかないと。

「ひとのーいのちのーおしくもあるーかな」


「あさ」

互いに敵陣に手が伸びた。敵陣の大山札を狙いに行く姿勢だ。

「じうのーおののしのはらーしのぶれーどー」

おっと危ない。空札だ。てことは、次「あさ」から始まる札が出たら「あさぼ・あ」か「あさぼ・う」で確定する。覚えとこ。相手さんの様子はさっきから特に変わらない。気だるげに、でも目を光らせて札を狙う。

「あまりてーなどかーひとのこいーしき」

「す」

来た。俺の得意札。バァンと札に向かって払った自分の手は何もない畳を払っていた。相手に抜かれたのだと分かったのは「きしによるなみーよるさへえーやー」と詠みあげられてからだった。手を伸ばした感触は悪くなかった。しかし、それでも抜かれたというのだから相手の手はより低く、素早く俺の右下段を突き刺したということだろうか。少しかるたから離れたらこのザマか。

「そこまでです」

急に現れた声に思わず顔をがばっと上げる。いつの間にか村井先輩が入口付近に立っていた。

「試合終了です」

「え…」

「ありがとうございました」

相手さんは早々に礼をしている。

「ちょっと待ってくださいよ。まだ三枚しか」

「分かっています。その上で言っています」

何で。どうして。ぎりっと奥歯が鳴った。でもここで駄々をこねるのも情けないことこの上ない。

「ありがとうございました」

深々と礼をする。

「ちょっとだったけどぉ、いい試合だったんじゃなぁい?」

「少し静かにしておいてください」

睨みを利かせ弥喜先輩を黙らせる村井先輩。同級生にもこの感じなのか。だが、弥喜先輩はいつものことというふうに肩をすくめただけだった。

「最初から拝見していました。どちらも悪くない動きでした」

ならなんで止めたんですか。そう聞きたい気持ちをぐっと抑え、かすかに会釈した。

「そちらのあなたは」

そう言って先輩は相手さんを指さした。

「今から私たちの練習に加わってもらいます。この夏の高校選手権に選手として出場する可能性も視野に入れてください」

ちょっと待った!一年の仮入部の試合だけ見てもう選手?いくらなんでも判断が早すぎないか?

「そしてあなたは」

そう言って今度は俺を指さす先輩。

「今から私についてきてください」

…終わった、何もかも。

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※空札とは、自陣にも敵陣にもない札のことです。競技かるたでは、試合で使わない50枚は空札となります。

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歌詠、留意、多々 葛西和希 @akenze

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