第3話 倍速詠唱と炎上マーケティング

「グオオオオオ! 潰レロォォォ!!」


オークキングの巨大な棍棒が振り下ろされる。  


俺は泥だらけのスーツで地面を転がり、間一髪でそれを避けた。  


風圧だけでネクタイが舞い上がる。


直撃すれば、49歳の肉体などトマトのように弾け飛ぶだろう。


「おい若いの!見てないで手伝え!死ぬぞ!」


俺は悲鳴に近い声で叫んだ。  


しかし、後方にいるZ世代勇者は、スマホ(異世界仕様)の画面をタップしながら気だるげに答える。


「えー、無理っすよ。俺、魔法職(キャスター)なんで前衛とかできないし。てか、タンク(壁役)剥がれた時点でこのクエスト詰んでません?リセット案件でしょ」


「人生はリセットできないんだよ!いいから魔法撃て!何かあるだろ!」


「あー、はいはい。じゃあ、チャチャッと終わらせますね。タイパ重視で」


Z世代勇者は、ようやく重い腰を上げるとオークキングに向けて右手をかざした。


魔法使い。


確かに彼のステータスにはそう書いてあった。  


だが、この世界の魔法は発動までに長い詠唱が必要だと聞いている。『我は求め訴えたり、精霊の加護によりて……』みたいなやつだ。


間に合うか――?


「『炎よ、集え』――」  


Z世代勇者がボソッと呟く。  


次の瞬間。


「あ、イントロスキップで」


ブォンッ!!


詠唱の途中がごっそり抜け落ち、いきなり巨大な火球が完成した。  


えっ? 


過程は?


「倍速再生(1.5x)いけ」


ドガァァァァン!!


放たれた火球は、通常の魔法とは思えない異常な弾速でオークキングの顔面に直撃した。  


爆煙が上がる。


「グギャアアアアア!!」


す、すげぇ……。  


これがZ世代の【倍速詠唱】か。  


動画も映画も倍速で見る世代。


魔法の詠唱すらも「無駄な尺」としてカットしてしまうのか。


「やったか!?」  


俺が期待の声を上げた時だ。


煙の中から、顔半分を焦がしたオークキングが、充血した目でこちらを睨みつけた。


「貴様ラァァァ……!許サン……八つ裂キニシテ、肉片ヲ広場ニ晒シテヤルゥ!!」


ボス特有の「激怒モード」だ。


殺気が数倍に膨れ上がる。  


俺は腰が引けた。  


まずい。


これは全滅コースだ。


だが、Z世代勇者は動じなかった。  


むしろ、ニヤリと口角を上げた。


「あ、今の言質(げんち)取りましたー」  


彼はスマホの録画停止ボタンを押した。


「は?」  


オークキングが動きを止める。


「『八つ裂きにして晒す』って発言。これ完全に脅迫罪だし、死体損壊の教唆ですよね?あと、さっき俺らに向かって『貴様ら』って言いましたけど、それカスタマー(勇者)に対する不適切な言動ですよ」


Z世代勇者の指が、目にも止まらぬ速さでフリック入力を刻む。


「ハイ、切り抜き動画作成完了。タイトル『【悲報】ダンジョンのボス、逆ギレして勇者に暴言www 運営どうなってんの?』ハッシュタグ『#拡散希望』『#オークキングを許すな』……送信っと」


固有スキル【切り抜き拡散(バズ)】


その瞬間、虚空に無数の「ウィンドウ」が浮かび上がった。  


それは、異世界版SNS(魔法掲示板)のコメント欄だった。


『うわ、このオーク最悪だな』

『運営に通報しました』

『こんなのが管理職とか、このダンジョン終わってるわ』

『特定した。アステリア近郊の初心者ダンジョンか。凸るわ』

『炎上乙』


視界を埋め尽くす罵詈雑言の嵐。


物理的なダメージではない。


だが、精神的な圧力が「文字」となってオークキングに降り注ぐ。


「な、ナンダ……コノ文字ハ……!? や、ヤメロ!俺ハ悪クナイ!仕事ヲシテイルダケダ!!」  


オークキングが怯え、後ずさりする。  


自分の悪評が世界中に拡散されているという事実に、本能的な恐怖を感じているのだ。


「あー、言い訳しちゃった。これ『火に油』っすね」  


Z世代勇者は冷徹に追撃する。


「追加で投稿しまーす。『反省の色なし。開き直り発言いただきました』っと」


『まじで反省してねえw』

『謝罪会見まだー?』

『このオークの住所、GPS情報から割れたわ』


「ヒ、ヒィィィィ!!ワ、ワカッタ!謝ル!許シテクレ!!」  


さっきまで殺意の塊だった巨大な魔物が、頭を抱えて震え上がっている。  


コンプライアンスの波は、異世界の魔物さえも飲み込むのか。


「すげぇ……」  


俺はポカンと口を開けていた。  


剣も魔法も使わず、指先一つでボスを追い詰める。


これが現代の戦い方なのか。


だが。  


Z世代勇者はスマホの画面を見て、「チッ」と舌打ちをした。


「あー、やっぱダメか」


「どうした? 勝てるんじゃないのか?」


「インプ(閲覧数)は稼げたんですけど、こいつ『無敵の人』属性持ってますわ。炎上しても失う社会的地位がないタイプ。物理で殴ってこられたら、俺ら終わりっすね」


その言葉通り。  


コメントの嵐に晒され続けていたオークキングが、極限のストレスで逆に開き直った。


「モウ……ドウニデモナレェェェェ!!」


ブチギレたオークが、デタラメに棍棒を振り回し始めた。  


自暴自棄(ヤケクソ)  


一番危険な状態だ。


「うわ、こっち来た。氷河期さん、あとは任せました。俺、打たれ弱さには自信あるんで」  


Z世代勇者はサッと俺の後ろに隠れた。


「おいふざけんな!炎上させて逃げるな!!」


迫り来る巨大な暴力。  


ゆとり勇者は帰宅し、Z世代勇者は責任放棄。  


残されたのは、49歳(2浪)の俺一人。


棍棒が振り下ろされる直前。  


オークキングの口から、どす黒い紫色の霧――精神攻撃(メンタルアタック)が吐き出された。


『オ前ナド、誰ニモ必要トサレテナイゴミクズダァァァ!!』


絶望の波動が、俺の身体を直撃する。

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異世界に召喚されたが、就職氷河期世代(2浪)の俺だけ魔王の精神攻撃(圧迫面接)が効かない件 ~ゆとり勇者は定時で帰り、Z世代勇者はコンプラ違反で魔王を炎上させようとしています~ 雨光 @yuko718

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