第2話 はじめてのダンジョンと「17時の鐘」

翌朝。


俺たち3人は、王都の近郊にある「初心者の洞窟」へと放り込まれた。  


王様曰く、「まずはOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)で実力を見せてもらおう」とのことだ。  


要するに試用期間である。


ここで成果を出さなければ、即クビ(処刑)もあり得る。


「よし、みんな!まずはホウレンソウを徹底して安全第一で進もう!」


リーダー(仮)に任命された俺は、張り切って声を上げた。  


装備は支給された「ひのきの棒」と「布の服」のみ。


あまりに貧弱だが、氷河期世代の俺は知っている。


備品があるだけマシだと。


俺が新卒で入った会社なんて、ボールペンすら自腹だった。


「あー、ダル」  


Z世代勇者が、スマホをいじりながらあくびをした。


「てか、このダンジョン、タイパ悪くないすか?経験値効率どうなんすか?攻略サイトないの?」


「ないよ!地道にマッピングして進むんだよ!」


「うわ、アナログ……。オート周回機能とかないんすか?倍速で回したいんですけど」


Z世代勇者は「だりぃ」と呟くと、洞窟の入り口で座り込んでしまった。  


……だめだ、こいつは「意味のない作業」が大嫌いなタイプだ。


俺は助けを求めるように、ゆとり勇者を見た。  


彼は真面目そうな顔で、支給された棒を見つめている。


「あの、氷河期さん」


「おお、どうした?やる気になったか?」


「この『スライム討伐』という業務ですが、具体的なマニュアルはありますか?」


 ……はい?


「マニュアル?」


「はい。どの角度で殴れば効率が良いかとか、返り血(粘液)を浴びた場合の労災認定とか。指示書がないと、独自の判断で動いて何かあった時に責任取れないんで」 「スライムだぞ!?適当に叩けば死ぬだろ!」


「『適当』が一番困るんですよね。定量的な指示をお願いします」


俺は頭を抱えた。  


指示待ち人間だ。


しかも、指示の内容に完璧なロジックを求めてくる一番厄介なタイプだ。


「くそっ!もういい、俺がやる!」


俺は覚悟を決めた。  


2浪時代の引っ越しバイトで鍛えた腰の回転を使い迫り来るスライムを次々と「ひのきの棒」で殴打していく。


「せいっ!やあっ!どっこいしょ!」  


飛び散る粘液。


泥臭い作業。  


だが、俺は知っている。


誰かが汚れ役をやらないと組織は回らないのだ。


「うわ、おっさん必死すぎwウケるw」  


Z世代勇者が動画を撮っている。


「氷河期さんフォームが非効率ですね。腰への負担が懸念されます」  


ゆとり勇者が腕組みして分析している。


(お前ら、手伝えよ!!)  


心の中で絶叫しながら、俺は独りでザコ敵を殲滅し続けた。


 ◆


そんなこんなで数時間後。  


俺がボロボロになりながらも道を切り開きついにダンジョンの最奥「ボス部屋」の前までたどり着いた。


扉の奥から禍々しい殺気が漏れ出している。  


おそらく中には、巨大なオークか何かがいるはずだ。


「はぁ、はぁ……つ、着いたぞ……」  


俺は肩で息をしながら振り返った。  


後ろの2人は、俺が作った安全な道を歩いてきただけなので、HP満タンでツヤツヤしている。


「よし、ボス戦だ。ここは連携して……」  


俺が作戦を伝えようとした、その時だった。


 ――カーン、カーン、カーン。


どこからともなく、鐘の音が響き渡った。  


王都の時計台が、夕方の時刻を告げているのだ。


「あ」  


ゆとり勇者が、腕時計を見た。


「17時ですね」


「え?ああ、もうそんな時間か。よし、気合い入れてボスを倒して、王都に帰ろうぜ!」  


俺はひのきの棒を握り直した。


しかし、ゆとり勇者は懐から不思議な石を取り出した。  


あれは確か、一度だけ拠点に瞬間移動できる貴重なアイテム『帰還の石』


ボス戦で全滅しかけた時のための緊急脱出用だ。


「お疲れ様でしたー」


ゆとり勇者は抑揚のない声でそう言うと、迷わず石を握りつぶした。


「は?」


カッ! 


と眩い光が彼を包む。


「ちょ、おい!待て!今からボス戦だぞ!?」


「いや、定時なんで」  


光の中で、彼は涼しい顔で答えた。


「残業代出ないって契約でしたよね?これ以上働くとサービス残業になるんで、コンプラ違反です。明日の始業は9時なんで、またその時に」


「ふざけんな!目の前にボスがいるんだぞ!責任感とかないのか!?」


「勤務時間外の業務命令は無効です。お先に失礼しまーす」


シュンッ!


光が収束し、ゆとり勇者の姿は跡形もなく消え失せた。  


固有スキル【絶対定時(タイムカード)】  


いかなる状況下でも、定時になれば強制的に戦線を離脱し、安全地帯(自宅)へ帰還する無敵のスキルが発動したのだ。


 後に残されたのは、呆然とする俺と、ニヤニヤしているZ世代勇者。


「すげー。あの人マジで帰りやがった。強心臓すぎんだろ」  


Z世代勇者が面白そうに笑う。


「じゃ、俺らも帰ります?ワンオペでボス戦とかブラック確定だし」


「か、か、帰れるかぁぁぁ!!」  


俺は絶叫した。


「石は1個しかなかったんだよ!!」


そう。


ゆとり勇者は、パーティ共有の貴重な帰還アイテムを、自分一人の定時退社のために使い込んでしまったのだ。


ゴゴゴゴゴ……。  


重厚な扉が開き、中から巨大なオークキングが姿を現した。


「グオオオオオ!!貴様ラ、我ガ眠リヲ妨ゲル者ハ!!」


殺る気満々のボス。  


戦力は、疲労困憊の49歳(2浪)と、やる気のない若者(スマホいじり中)


「これが、中間管理職の末路か」


俺の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。  


だが、泣いている暇はない。  


ここで死んだら、「無断欠勤」扱いになってしまう。


それだけは、社会人として避けなければならない。


「くそったれぇぇぇ!やってやんよ!!」


俺はヤケクソで棒を振り上げ、オークキングに向かって特攻した。

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