【短編】狐の嫁入り

ムスカリウサギ

カクヨムコン11短編

本編


 ――何時いつ何處いづこ

 いづれとついでと、ならばいづくにか。

 鬼灯ほおずきともして、向かうきみ。

 にじの向こうに、向かうきみ。

 いざなう者の、名も知らぬまま――



 ――きら、きら。

 低い空から飛び込んでくる、鋭い夕の陽の光の中を。

 ぽつら、ぽつら。

 けれどわずかにしたたり落ちる、しずくのような雨がしたたる、晴れ間の天気の雨の中を。

 長い長い、灯火ともしびの行列が流れていく。


「――なんだいなんだい。嫁入り前の娘が、やけにうらさびしげなうたうたうじゃないか」


 湿った薄暮はくぼの白ずんだ空に、静かに詠声うたごえを溶け込ませながら、ぞろぞろ連なる行列の中の、大きく立派な駕籠かごの内。

 ぽつんとちょこんと座りこむ、白無垢しろむくまとったの娘に、ネヅは思わずおもてしかめて、口にした。


「ごめんなさい、御父様。御目出度おめでたい場で、うたうべきでは無かったから」


 果たして答えを返すは白無垢しろむくの娘。

 目深まぶかかむった綿帽子わたぼうしの下から、鈴虫すずむしごとき澄んだ声色で、キヅはネヅに返事を返す。


「……いやなのかい? とついでゆくのが」


 あまりにはかなげな娘の声に、サキはそっと問いかける。

 ひょっとしたらとしかしたらと、かすかな予感に胸を震わせ、駕籠かごに近付きささやくように、そおっとそっと、問いかける。


「いいえ、いいえ、御母様」

 

 けれどもキヅは


 慌てるでもなくなだめるでもなく。

 水気を含んだ冷たい夕風、ひゅうと吹き付ける冷気の中で、口元を寄せて、白い吐息と穏やかな声で、ふわりとふるりと否定する。


いやなのでは有りません。ただこれで、御父様とも御母様とも、お別れなのかとおもうと、キヅの胸はさびしさでいっぱいになるのです」


 知ってか知らずか、無意識か。

 キヅのその小さなてのひらに、ぎゅうとこもった力に気が付いて。

 

「……そんな大袈裟おおげさ、言うもんじゃないよ」

「こっちまでさびしくなるじゃないか」


 ネヅとサキは、おのずと込み上げた己の鼻頭はながしらを、しゅんと鳴らしてぐいと擦り上げ、殊更ことさらまなじりにぎゅうとしわを寄せ、只管ひたすら優しく叱責しっせきする。


 彼らとてさびしいおもいが無い訳では無い。

 おのが手で、いとはぐくんだ愛娘まなむすめ。遠くにとつぐではあらずとも、親子離れ離れになることを、さびしがらないはずも無い。


「ごめんなさい。と、分かっていますのに」


 だらりと地を白色はくしょくは、大袈裟おおげさごとくに大きく広がり、駕籠かごの足元を白く真白まっしろ

 

「この連なるたいまつみたいに、延々えんえんご縁が続けば良いのに」


 駕籠かごの前後で一里いちり二里にりも、連なる灯火とうかは、ぼうぼう揺れる。

 長い長い、提灯行列。永遠続く流れのように、えにしいにしえ、途切れぬように。


「……こいねがうのは、かなわぬからこそ。すがりたくなるのさ、狐火きつねびに――」


 溜息混じらせ、ネヅはつぶやく。

 永遠、変わらぬ物など無くて。

 終焉しゅうえん、迎えぬ者など無いと。

 分かっているのに、分かっているから。

 あきらめる事など、出来やしないのに。


「――もうすぐだ。もうすぐ着くよ。花婿の元へ」


 駕籠かごの先、遥か先まで伸びたあかりが、ゆっくり、ゆっくり、つどい始める。

 右と左に別れて並び、たいまつの橋が行く手を導く。


 やがてつどったたいまつたちは、いたり消えたり、繰り返しながら、ゆらゆら、ぼうぼう、そこを照らす。

 そここそ、終着しゅうちゃくと示すように。

 ぼうぼう、きらきら、指し示す。


れが高砂たかさご、祝いの場……祝言しゅうげんの地、なのですね」


 連なるあかりの橋を渡って。

 にじの向こうへ辿り着く。

 すべての執着しゅうちゃく振り払い、終焉しゅうえんの地に、招かれる。


「――さあ着いた。……おいでませだよ、御狐様おきつねさま!!」


 ネヅは高らかに声を上げ。


「キヅを、花嫁を、連れてきたよ!!」


 サキもまた、張り裂けそうな叫びを上げる。


 やがて、駕籠かごの後ろに繋がっていた、灯火とうかがぞろぞろ集まり出すと、そぞろと心がわめき出すから。


 キヅはすくりと駕籠かごから降りると、自ら踏み出し、そこへ行く。


 小火ぼやを纏った狐の元に。

 ぼやんとともった狐火の元で。


「御父様、御母様」


 くるりと振り返り、キヅは笑う。


「ここまでありがとう。――


 わっと大きなこえが上がると。

 つどったたいまつ小火ぼやに群がり、大火たいかとなりてすべての終着しゅうちゃく焼き尽くす。


 それは、もののついでか、もののついにか。

 のこの跡は、何も変わらず何も残らぬ。


「……ああ。……って、しもうたか」


 ただひとつ。

 居なくなったのは愛娘まなむすめ


「婿様、どうか、キヅをよろしくお願いします……」


 くずおれた二人を慰めるように。

 ぽつん、ぽつんと、雨が打つ。


 お山の向こうにすっかり沈んだ、かすかで鋭い光と共に、彼らの間を流れていく。



 ――何時いつ何處いづこ

 いづれとついでと、ならばいづくにか。

 鬼灯ほおずきともして、向かうきみ。

 にじの向こうに、向かうきみ。

 いざなう者の、名も知らぬまま――



 遠く、遠くから、うたが聞こえる。

 近くて遠くにとついだ娘の、狐のお嫁の澄んだ詠声うたごえが、どこか、どこからか、聴こえてくる。


 

 ――何時いつ何處いづこ

 いづれとついぞと、ここにと。

 鬼の居ぬ間に、ほぞ弔ひとむらい

 鬼のぬ間に、ともしたほむらに。

 にじ何時いつぞや、何處いづこありや――



「――ちっ。やけにうらさびしげなうたじゃねぇか」

「いいえ、あんた……。これは御目出度おめでたうたですよ――」


 夕陽も沈んだ暗がりの中。

 気付けば雨も、止んでいた。

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