音部探偵事務所4:化学者の謎の巻

『とある街に、化学者と、その妻子が暮らしていた。父親はマッドサイエンティストだった。亡くなった母親の面影を残す娘は、彼にとって心の支えでもあったが、亡き妻を思い出させる憎い相手でもあった。思い詰めた彼は透明薬を彼女に与えることを思いつく。そこで、娘を強制的に実験台にし、嫌がる娘に無理やり…。透明薬の実験台にされ続けて、娘は本当に透明になってしまい、研究室から逃げ出した』


「これはどこから持ってきたんだ。」

 高藤の持ってきた話は他でもない。掛川のことを調べているうち、この噂にたどり着いたのだという。

「これはっすねえ、『灯台下暗し』ってやつですかねえ。掛川邸の近くを調査していたら、近所のおばさんが、教えてくれたんです。まあ、近所って言っても、隣町ぐらいの距離ですけど。」

 そこまで言って、だなんて、まさしくurban legend的っすね、と高藤は自分で突っ込んだ。

「でもまあ、噂が伝播する実際の地理的範囲を考えたら、そんなものすかね。そのおばさんの話を信じる限り、掛川に奥さんとお子さんがいたことは、たしからしいっすね。」

「ここまでの話を整理させてくれ。高藤、君の話しでは、urban legendというものは、元は他愛もない話だったものが加工されていった、という話だったね。つまり、その流れから察するに、君が見つけてきた掛川家の噂も、尾鰭がついたものだ、ということでいいかな?」

「やっぱ流石っすねえ。そういうことっす。」と高藤は手を打った。

「そうだね…噂に尾鰭がつくこと自体は、僕も同感だよ。噂話でそうした構造を持つ例は、考えるまでもなく無数にあるだろうから。さて、この噂については、一言一句おばさんが言った通り書いてあると思っていいのかな?」

「ああ、はい。なるべくそうしたつもりっす。」

「では…」

 と音部は言い、手帳の上でいくつかの箇所を指差した。

「その尾鰭を解体するところから行くか。まず、『憎い相手だった』という表現。そのご婦人の主観が入っていないとすれば、掛川氏の証言とは食い違う。」

「そうっすねえ。俺も同じ感触っす。」

「さらに言うなら、君にも説明したと思うけど、あの家の中は女性の気配がなかったろ。もし実際にいたとしても、よほど影が薄かっただろう。いるのかいないのか、実態があやふやだよね。たとえば長期間留守にしていたとして、『憎んでいた』というような詳細ディテヱルが、家庭の外から見て観察できるものだろうか?」

 なるほど、と高藤は相槌を打ちかけて、それを引っ込めた。

「そうっすねえ…でもセンセイ、俺たちは今、掛川に妻子がいなかったって前提で話をしてますよね?それは俺もなんか分かるんっすよ。それに、実際にはいないからこそ、変な想像や憶測が膨らんでくるっていうのも、きっとあると思うんす。どこかにいるはずだけど、姿が見えない。だからこそそれを説明したくて、例えば離婚したとか病気になったとか、不在の理由を後からくっつけるんすよね。」

「でも…俺の感触でいうと、あのおばさんは実際に知ってる風だったんすよ、掛川夫人や娘の真莉子を。少なくとも、存在を信じている風でした。奥さんのこととか、『いたらしいわよ。』じゃなくて『いたのよ。』って言ってたんで…」

 高藤が思い出す限り、その婦人が嘘を言っていたり、不確かな情報を思い出そうとして話していた様子はなかった。彼女の主観や思い込みはあるかもしれないが、その言葉の力強さは、自分が本当のことを話していることを疑わない人間のそれだった。

「そうなんだね。では、一応仮説として、『掛川氏には妻子がいた』と前提しておこう。しかし、その場合も疑問は変わらないね。娘のことを憎んでいた、というのは、僕たち二人の観察から言っても、矛盾する箇所だと思う。どうして、わざわざこんな、家族の不仲を思わせる印象の言葉になったのだろうね?それどころか、」

と、探偵は別の箇所を指でトントンと叩いた。

「嫌がる娘に薬を飲ませた…これもそうだ。掛川氏の話では、お嬢さんは積極的に研究を手伝っていたはずだ。そのことから、彼女だったら実験台になることを嫌がらないかもしれない、と考えられるよね。あるいは、断ったとして、それで親子関係が破綻するようにも見えない。ぞれなのに、『強制的』だの『嫌がる』だの、これも掛川氏の発言とは食い違っている。まあ、掛川氏の主観と、他人から見た客観では、描写が異なるという可能性もあるが…」

 探偵の言葉尻を助手が引き取る。

「つまり、ここが『後から添加された情報』ってことっすね?まず、妻子がいるかは不明である。だが、彼は透明薬というものを研究しているということは、周知の事実だったと。そこで『人間が消えても納得できる理由』が作られる。奥さんは亡くなっていることは掛川氏とおばさんの認識が一致しているから一応事実として、問題は娘。いるかもしれない娘が、姿が消えるのはどういうことかと言ったら、家出をするか、『透明薬を飲まされた』かと考えれば、最も直接的な解答が得られると。」

 そういうことだ、と頷いた探偵は続けて、さらなる疑問点を指し示した。

「ここもだ。『実験台にされ続けた』という箇所ね。掛川氏の証言では、お嬢さんは自ら進んで実験に付き合っていたらしい。一方、ご婦人の証言は、『され続けた』とある。これも強制力を匂わせる描写だよね。そして、継続的に行われていた、という印象もある。反対に、掛川氏はお嬢さんには薬を触らせていなかったと言っているから、言葉通りに考えるなら、彼女に薬を投与していたことはないはずだ。」

 整理しよう、と探偵は手帳の空いたところにメモをし始めた。

「まず、掛川氏とご婦人の発言で矛盾となるのはここだ。」

・娘を憎んでいた

・娘を強制的に実験台にした

・その実験は中〜長期間、継続的に行われた

=薬を娘に触らせた


「一方、二人の発言が一致するのは以下の点だね。」

・妻は亡くなっている

・娘がいた

・透明薬を作っていた


「こうしてみると、発言が矛盾するところは尾鰭というやつだろう。しかし、一致するところはおそらく本当である可能性が高い。高藤、君が持っていた、妻子は実際にいたかもしれないという印象とも矛盾しないね。」


 やっぱ流石っすねえ、と助手は称賛の言葉を投げかけた。

「そうなると、奥さんと娘さんが実在したという証拠がもう少し欲しいっすね?誰か知ってる人いねえかな…あのおばさんにもっと聞いておけば良かったっす。」

「そうだな。分からないことはまだある。ご婦人という証人がいながら、やはりあの家での、女性の存在感のなさをまだ説明できない。それに、前に君も言っていたね。『軍などの機密組織に関わっている』ということが、そんなに外部に漏れ出るのかと。外部組織による依頼が本当にあったのか、知りたいところだな。」



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「透明薬ー消えた令嬢を探せ!ー」 Peridot(pixiv:マツシマ) @peridot2520

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