音部探偵事務所3:高藤の調査の巻
「掛川にはそもそも妻子がいないが、それを隠すために、あるいは「居る」と思い込もうとするためにかような詳細を創作している−」
その推測が崩れたのは、高藤にある指示を出して数日経った頃だった。
「音部センセイ、掛川は実際に奥さんいるかも知れないっすよ。娘さんも。」
「いやー、最近お役所も厳しいっすねえ。」
ちょっと前ならいけた気がするんですけどね、他人の戸籍抄本、と言いながら資料を抱えた高藤はソファに座り込んだ。
「ダメモトでいけないか交渉したんすけど、やっぱダメでした。警察も。だから、掛川の友人らを当たってみたんですよ。」
「いるかも知れない、というのは?」
「そう、そのことなんすけど、まだ友人たちの居場所とか素性は調査中なんで待ってください。順番に話します。掛川に関することで色々調べてたら、面白そうなもの見つけたんすよ。」
「あっと、その前に。センセイ、"urban legend"って言葉、知ってます?」
高藤は、飽きっぽい性格のくせに変な本を読み漁るのが趣味なのだった。いや、飽きっぽいからこそ多読するというべきだろうか。古本屋に立ち寄っては、国内外問わず珍本奇本を抱えてくる。今日の腕の中にある資料にも、いくつかそのような本が紛れているようだった。
「"urban legend"っていうのは、なんつーんすかね…『フォークロア』って言えば話わかります?物語といえばそうなんすけど…もっと、近所の噂話みたいなもんなんすよ。田舎のおばあちゃん家で語られるのが、伝統的な『伝承』だとすると、こっちは都会で話される、伝説っていえばいいすかね。」
「例えばなんすけど、ある家で、ドーベルマンを飼っていたと思ってください。」
ドーベルマンという犬種は、音部でも写真でしかみたことがない。賢く、体が大きくて力強く、獰猛であるため軍用犬として近年輸入されたばかりだからだ。
「そっす。なんかデカくて強い犬っすね。それを、飼っている家があるんすけど、ある時そのドーベルマンが窒息しちゃうんすよ。それで病院に連れてゆき、調べてみると喉に何か詰まっている。それを取り出すと…」
獣医が蒼白になって飼い主にいう。
『今すぐ警察を呼んで、家の床下を調べてください』
その通りにすると、なんと床下から遺体が出てくる。ドーベルマンが噛んでいたのは、床下から家内に侵入しようとした強盗の指だったのだ。
「ああ…なるほど。なんとなく、言わんとすることはわかった。」
「さすがっすね。そういうのが、今日本でもだんだん流行りつつあるというか…輸入されつつあるんすよ。ただ…これもなんつーのか分かんないんすけど、日本に入ってきたのって、海外のオリジナルの意味での"urban legend"とは性質が異なる気がするんですよね。」
「というと?」
「日本のそれには、怖いのが多いんす。」
「日本の場合、それが都市で語られようが田舎だろうが、『怪異譚』になってることの方が多いんすよ。例えば、田舎の伝承で言えば雪女とか山姥とか。それが、都会という空間に移ると、『不気味な赤い服の女』とかにはなるんすけど、やっぱ妖怪っぽいつーか。おっかない話、であることに変わりはないんです。」
「一方、オリジナル、つまり"urban legend"の方は…これは俺の直感ではあるんですけど、怖いけどどこかコミカルというか…ブラックジョークのオチ聞いてるみたいな感覚になるんすよね。さっきのドーベルマンの話で言えば、『いや強盗いたんかーい!』っていうか。『人間の指てなんやねーん』みたいな。この傾向のことは、他の
美人と一晩楽しんだ後、目覚めると彼女がいない。バスルームの鏡に口紅で、『エイズの世界へようこそ』と書いてある、という話を高藤は例に挙げた。
「怖いっす、怖いすよ?でも、考えようによっちゃ大人のブラックジョークじゃないすか。鏡に口紅っていうのもなんか漫画的ですよね。」
「そうだな。なんとなくだが、感覚が掴めてきたぞ、」と探偵。
Urban legendの主な特徴は二つ見出せた。一つは、従来の伝承に見られた「幽霊」や「神」のような超常現象が語り口から外され、別のものにモチーフが移動していることだ。「別のもの」とは、それこそ近所の噂として語られるような、より身近で、具体的で、認知度が高いものである。つまり、その辺の人間や動物、品物、あるいは場所に置き換わっているのだ。
二つ目は、「オチ」があることだ。高藤が「ブラックジョークのよう」と言った通り、いずれの話もどこかテンポがよく、コミカルでさえある。
例えば、「子供がガムを噛んでおり、そのガムを吐き出さずに飲み込んでしまう。親に注意されてもやめなかった。ところが、ある日その子供が腹痛を訴える。病院で検査をすると、なんと排出されなかったガムが腸内を埋め尽くし、その粘着力で腸壁を癒着させてしまっていた」という話があったとしよう。
これは、単に「ガムにまつわる怖い話」とも読める。しかし、高藤が指摘するところは、元々は親子の間で言われる、「ガムを飲み込みすぎるとお腹がくっつくよ」というような、冗談混じりの注意などが原型なのではないか、ということだ。つまり、都市伝説の出所は、本来は誰に恐怖を与えるものでもないような、他愛のない話に過ぎないだろう、という指摘だった。
「ところが、日本に輸入された、あるいは日本の土壌で育った時には、こういうコミカルさが消えちゃってるんです。大体、子供たちが学校で語り合うような怖い話になっているんですよ。それを踏まえて…」
これをみて欲しいんですけど、と、高藤は自分の手帳を開いて指差した。彼がこの数日間にまとめた情報が載っているわけだが、その一箇所はぐるぐると何十にも輪で
囲ってあり、細かな走り書きがしてあった。
『父親はマッドサイエンティストだった。亡くなった母親の面影を残す娘は、彼にとって心の支えでもあったが、亡き妻を思い出させる憎い相手でもあった。思い詰めた彼は透明薬を彼女に与えることを思いつく。そこで、娘を強制的に実験台にし、嫌がる娘に無理やり…。透明薬の実験台にされ続けて、娘は本当に透明になってしまい、研究室から逃げ出した』
「これ…似てますよねえ?」
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