少女の剣士と魔王

 飛び込んできた影は人間だった。人間の女。剣を持っている。




 女は直剣を振りかざして、灰狼に斬りかかる。その刃は正確に灰狼の首元を捉え、一瞬で斬り落とした。血しぶきがアークに降り注ぐ。




 ドサリ、と重い音が響く。宙を舞った獣の首と、力を失った胴体が、アークの足元へ力なく崩れ落ちた音だった。


 


 頬に、温かい液体が垂れる。たった今浴びた返り血だ。




 死ぬつもりだった。誇り高く、王として散る覚悟を決めていた。




 だが、現実は――。




 「ふぅ……。一丁上がり」




 静寂を取り戻した森に、鈴を転がしたような凛とした声が響く。




 アークの視界には、一人の少女の背中があった。風に揺れる栗色のポニーテール。木漏れ日を反射して輝く、白銀の軽鎧ライトアーマー




 彼女は手にした直剣を振るい、刀身に付着した血糊を払い落とすと、慣れた手つきで鞘へと納める。




 カチャン、と澄んだ音が、アークの思考を現実に引き戻した。




 「……助かったのか、私は」




 独り言のように漏らす。すると、少女がくるりと振り返った。




 意志の強さを感じさせる琥珀色の瞳が、アークを射抜く。




 「大丈夫!? 怪我はない?」




 駆け寄ってくる少女。




 アークは袖で顔の血を拭い、努めて冷静さを保とうと背筋を伸ばした。命を救われた以上、礼を尽くすのが道理だ。




 「ああ、問題ない。感謝す――」


 「あんた、バカなの!?」


 


アークの感謝の言葉は、少女の怒声によって遮られた。




 「は……?」


 「『は?』じゃないわよ! こんな森の奥まで、武器も持たずに突っ立ってるなんて自殺志願者でしょ! 魔力だってスッカラカンだし、初心者ルーキーですらないじゃない!」




 少女は腰に手を当て、アークの顔を覗き込みながら捲し立てる。  その剣幕に、アークは目を丸くした。




 かつて、全魔族の頂点であった自分に対して、これほど無遠慮に言葉を浴びせる者がいただろうか。




 (……なるほど。初対面の私を叱りつけているのか)




 だが、彼女の言い分は正論だ。

 今の自分は無力で、丸腰で、あわや犬死にするところだった。客観的に見れば「愚か者」と呼ばれても反論の余地はない。




 不思議と不快感はなかった。むしろ、アークは奇妙な懐かしさを覚えていた。恐怖も媚びもなく、ただ対等にぶつかってくるその真っ直ぐな瞳。


 かつて、玉座に座る自分に対して唯一、こうして遠慮なく接してきたひとりの男』の姿が重なったからだ




 種族も性別も違うが、その魂の在り方はよく似ている。




 「……返す言葉もない。目が覚めたらここにいたんだ」




 アークが素直に非を認めると、少女は拍子抜けしたように瞬きをした。  それから、やれやれと呆れたように肩をすくめる。




 「はぁ……遭難? それとも記憶喪失? ……まあいいわ。とにかくここを出ましょう。血の匂いに釣られて、もっと厄介なのが来るかもしれないから」




 少女はアークに向けて、白く、剣ダコのある手を差し出した。




 「私はリネア。駆け出しの冒険者よ。立てる?」




 差し出された手。アークはその手を見つめ、少し躊躇ってから握り返した。




 かつての魔王の氷のような冷たい手とは違う、人間の温かい体温がそこにあった。




 「……ああ。私はアークだ」




 リネアの手を借りて立ち上がる。  足元はまだ少し覚束ないが、死の淵を見たおかげか、改めて生きる力が湧いてきていた。




 「よろしくね、アーク。……まったく、いきなり手のかかる弟ができた気分だわ…」




 ニカっと屈託なく笑うリネアを見て、アークは苦笑交じりに溜息をついた。




 弟、だと?幾百の時を生きたこの私を…。




 だが、今のひ弱な自分では、彼女の庇護下に置かれるのが最も合理的な判断だろう。




 (フン……まあいい。今はその剣技と厚意に免じて、弟扱いとやらも甘んじて受けてやろう)




 アークは心の中でそう納得し、握った手に少しだけ力を込めた。

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黒白のレガリア 佑葵シオン @yuki-shion

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