未完小説『サクラ』から

天解 靖(あまかい やす)

第4話「若き勇夫の悩み」


2084年、20代の近藤勇夫



死が2人を分かつのなら、残された者は一体何を成すべきなのか

この頃はまだ戦うのか、抗うのか、ゆるすのか、まだ決めていなかった



「やっぱり、こんなテーマじゃ無理だよな

 何で『これやります』って言っちゃったんだろう

 こりゃ卒業できないな」


近藤はなぜ教授から勧められたのか理解できていなかった

ただの気まぐれで突き放したかったのかもしれないし、

研究成果を公共政策に活かしたかったのかもしれない



「こりゃ根気が尽きる前に僕の水筒の水がなくなっちゃうな

 コンビニに行こう」


近藤はコンパクトシティの内側の人間なので配給チケットを持っていない

ある意味で村八分よりもひどい扱いとなっていた


「誰か、この目薬と水交換してくれませんか?

 お願いします」


近藤は純粋に不審者として認識されていた


「さすがに川の水は飲めないな……先輩の言った通りだ

 サバイバルキット持ってくればよかった

 日本なのに飲み水に困るなんて聞いてないよ、

 帰るか徒歩でトホホって、もう全然笑えないよ!」


うつむいていると女性の足が視界に入っていた

見上げると彼女は笑っていた


「あのー

 ホントに怪しいものじゃないんで、お水分けてもらえませんか?

 後日なんでも埋め合わせするんで、お願いします」


「ユリ、話しかけるのよしなよ」小声で彼女の友達は囁いていた


「はい、お水」


「どうも、すみません」


近藤はもらった水の半分を一気に飲んだ


「ねえ、本持ってる?」


「ああ、家に帰ればあるけど………おかげで助かったよ」


「ねえ、次も来るなら恋愛小説持ってきてよ」


「なら、僕の仕事手伝ってよ」


彼女はニコッと笑って「この時間にね」と言い

去っていった


「おしっ、生きて家まで帰ろう」


そこから近藤は行き倒れる前に実家へたどり着き

蛇口からあふれる水をがぶ飲みした



次の日、近藤はネットで検索していた


「恋愛小説、名作、泣ける……じゃなくってキュンキュン」


周囲の人は近藤をじろっと見ていた


(彼女は泣きが良いのかな、壁ドンとか年齢ずれてそうだし、

 キュンキュンって感じでもないよな

 だいたいこの手のジャンルって必ずヒロインが病死ってオチなんだよね

 これ、ご都合設定でしょ……時代劇の越後屋レベルでさぁ、なんかさぁ)


「恋愛小説で泣く人の気がしれない」


近藤は背もたれによりかかってつぶやいた

図書館にいる女性全員が動きを止め近藤に振り向いていた

彼女たち全員を敵に回したのは言うまでもなかった

気づいた時にはすべてが遅かった


(落ち着け……まずジャンルごとの代表作3つ持っていこう

 紙でなんて今どき誰も借りないだろうし、

 なくなっても電子書籍あるし)


近藤はリュックに入れたサバイバルキットの他に

図書館で借りた本を入れ、朝早く彼女と出会ったコンビニに向かった



彼女はどうやら初めて出会った時間にあわせて待っていたようだった


「ごめん、もしかして昨日も?」


「そんな事いいじゃん、それより持ってきてくれた?」


「ああ、ちょっと待って」


近藤はリュックの中から3冊取り出して彼女に渡した


「紙では誰も読まなくなってるから

 返すのはいつでもいいよ」


「ありがとう、じゃあ次はあなたの番ね

 その前に自己紹介した方が良い?」


「そうだね、近藤です

 下の名前は勇夫って言うんだ」


「じゃあ、近藤さんで

 勇夫ってなんか古くさい

 私は桜井ユリ、よろしくね」


「ユリさんね、よろしく」


歩き出そうとした近藤だが立ち止まってユリに確認した


「ユリさんって、その……年いくつ?

 あの事故りたくないんだけど」


「ふーん、そういう……21よ

 安心した? 家帰ってID見せようか?」


「いいよ、そこまでは

 年、聞いちゃってゴメンね」


「別にいいよ、何から始めるの?」


「今日は挨拶周りだね、

 来週から本格的にフィールドワークさせて」


「いいよ、じゃあ私の両親から」


「んっ、ちょっと待て。それは最後にしよう」


「なんで? うちの親、顔広いよ」


「えーっと、ラスボス扱いでお願いします」


「まあいいけど、

 そういうことならゼンマイ屋さんからだね

 レッツ・ゴー!」



2人の関係はこのように始まった

近藤は恋愛小説を渡し、ユリは人を紹介した

近藤はまた図書館にいた


(ラブに何かを足すといろいろと商業的な成績を上げられるんだね

 ラブ・コメ、ラブ・アクション、ラブ・サスペンス……結局さぁ

 回りくどいことしてキスするのは他の恋愛小説と同じじゃん

 テンプレって言うか信頼と実績の娯楽設計ってことだね

 どうでもいいことだけどラブにエロってないよな

 ラブ・エマニュエル……焼いた焼肉店…やっぱ違うな

 塩かけて醤油たらすのと同じでやりすぎはダメ子ちゃんなんだね)



翌日、ユリはいつもの場所、いつもの時間で待っていた


「はい、新ジャンルだよっ……ていっても

 四捨五入すると100年前の作品

 主人公がしがないサラリーマンでさぁ」


「はい」


少しむっとしたユリは借りていた本を近藤の口に押し付けた


ちょうど彼女の胸元で温まった本はまるで彼女の唇のようで、

近藤の唇はそれに吸い付くようだった


「ごめん」


近藤はそう言って本を受けとり、

ユリは笑っていた



その夜、ユリは約100年前のラブ・コメを読んでいた


最後のページには直筆で書評が落書きされていた

紙の書籍はこのような時空を超えた“遊び”がある

ユリが紙で読書をしたがる理由はここにあった


「Shall we dance? Or shall we just keep walking? とは……って

 そういうこと? 近藤君も粋なことやっちゃう人なんだね」


近藤のフィールドワークは進捗していった

もうユリとの関係は近藤にとって徐々にではあるが不要になって行った

そんな矢先だった



「近藤さん、今日少しだけ付き合ってくれる?」


「うん、構わないよ」


この日は夏が終わるもまだ日が長かった

そのため空には月が浮かんでいた

ユリは近藤を伴い空き地に向かった


「ええっと、何かするの?」


ユリはこくりとうなずいて構えた


「ワルツよ」


この頃になるとユリの行動に近藤は驚かなくなっていた

近藤は少し笑って


「付き合うよ」


そのように短くこたえるとユリの動きにあわせた

ユリは小さく鼻歌を歌い始めた

お互い足を踏んづけたり、違う方向に進んでみたり、ワルツとは程遠かった


重ねた互いの手は温かかった

まるで互いの一番大切なものを差し出して重ね合わせ遊んでいるようだった

近藤は恥ずかしくて目を逸らしていたがユリは近藤をじっと見ていた

一瞬近藤と目があった時、ユリは微笑んだ


この時間が、この空気が、日と月が出会うこの奇跡が、

2人の心を酔わせ寄せていった


「また一緒に踊ってくれる?」


「良いよ」


「じゃあちゃんと勉強しといてね

 私は知り合いの子のタブレットで練習するわ」


「わかった、ごめんねもう帰らないと」


近藤は小走りに去っていった


「次の近藤君が楽しみ……ふふっ」


フィールドワークは終了していた

しかし、近藤はユリのワルツに付き合うために

週に何回か空き地に通った


回数を重ねるごと動きに澱みや

ぎこちなさがなくなっていった


2人は夕焼け前の、

太陽とおぼろげな月の下で

息を合わせてワルツを踊った


「近藤君、上手になったね」


「ユリさんもね」


ユリは動きをとめて少し拍子をおいて近藤に話しかけた


「近藤君、Shall weの意味って知ってる?」


「気づいてあげれなくてごめんね

 僕と付き合ってくれると嬉しい」


2人の距離はわずかに縮まり、

ユリは自分の腕を近藤の首に巻き付けてささやいた


「じゃあ、次はタンゴね」


そういってユリは近藤の耳を少しだけ噛んだ


「随分、激しいの好みなんだね」



(少しだけ彼女の何かを、少しだけ奪ってみたい)



近藤は胃より下の器官からくるざわついた衝動に駆られた

彼女の鎖骨から首元へ触れようと手を伸ばそうとした時だった


「若者よ、その妄想は大人の検閲入るから

 家に帰って論文仕上げちゃいなさい」


「ほんと、すまみせん」


「じゃあね」


ユリはずっと笑顔を近藤に向けていた


近藤は少しぎこちない歩き方で去っていった


「近藤君ってベタな恋愛小説、

 ホントに好きなんだね……ふふっ」


いつもはユリが先に待っているのだが、

今日は近藤が先に待ち合わせ場所に着いた


「ユリさんいつも1番なのに今日はどうしたんだろう」


“知り合いの子”が使っている教育用タブレットには

SIMカードが挿入されており、電源さえあればどこでも通信が可能である

いわゆる人口カバー率はさほど落ちてはいない

そしてそのタブレットは急患の時に威力を発揮する


リモートで医師が想定されうる機材と医薬品を

パッキングしてドローンで配送し

医師の指示のもと操作する

診断はAIが行うのが通例だ


ユリを看病していた者は意外な結果に戸惑った

症状が改善されない場合は風邪や体調不良という話ではなく

ガンを疑うべきだという結果を受け止めきれずにいた


近藤は次もその次も、

いつもの場所でいつもの時間に彼女を待った


何日か、何回か彼女を待ったが現れなかった

初めてユリに出会った時に一緒だった女性が声をかけてきた



「近藤さんでしょ? ユリのことなんだけど」


そう言われて近藤は少し不安を覚えた


(奔放な人だし飽きられちゃったのかな、

 直接言ってこないのもユリさんらしい)


「いや、いいんだよ

 ユリさんにもいろいろあるだろうしね」


目の前の女性はなぜか泣いていた

近藤は平凡な人生経験からいろいろ正解を導き出そうとしていた


(悪い人に絡まれ……でも

 コミュニティーの報復が抑止力になっているはず

 一番あり得るケースは骨折とかだけど、

 そこまでやんちゃな人じゃない

 なんだろう、このありえなさみたいな、何か嫌な感じ)


「あっという間だったの

 頭痛がひどかったり吐き気がしたりで、

 近藤さんとの間にできちゃったのかなって思ってたんだけど

 そうじゃなくて」


(ユリさんとはまだ何もない、そうなるとすごく重たい病気か何か)


「だから、私が借りてた本を返しに来たの」


「ありがとう、僕の両親に相談するよ

 今からユリさんの……」


そう言いかけたが目の前の女性は近藤をさえぎって叫んだ



「もうこの世にユリはいないのよ!」



近藤は唖然とした、一瞬何も聞こえなくなった


(何かのサプライズにしてはやりすぎだ

 ユリはそこまでやる人じゃない

 これじゃまるで、ベタな恋愛小説じゃないか

 鎖骨らへんから鉄針を入れられたようなこの感じは本物だ

 本当にユリは……この人のために言葉をかけてあげなくちゃ)


近藤は定まらない思考の中からようやく言葉を選ぶことができた


「ごめん、今はそれ……受け止めきれない」


「私もよ」


近藤は今までのフィールドワークを通して

ユリがどのように付されて行くのか分かっていた

それは肉親だけで行われる特別なもので

自分が参加することは論外であることを知っていた

すすり泣く目の前の女性も参加できなかったのだろう


「どうやら僕はもう帰るぐらいしかできないみたいだね」


「そうよ、ごめんなさい」


「君も気を確かに持ってね」


「そうね、あなたこそ」


少しばかりの沈黙が二人をつなぎとめていた

それも静かにほどけ、切れた


「もしご両親に会うことがあれば、

 ユリは立派な方でしたって伝えて欲しい」


「ユリはあなたのこと気にかけてたわ

 『早いとこ仕上げて』だって」


「ありがとう、もう帰るね」


「さようなら」「さようなら」



お互いが別れの言葉を交わし、背を向けて歩き出した


近藤は、振り返らず歩き始めた

何も考えず休まず歩き続け、

その行為自体が自分の存在を証明するものだと思えるほどだった

気づけば近藤は自宅にいた



手には、ユリが読んでいた最後の本があった


無意識にその本のページをめくり始めた

最後のページにはユリの筆跡と思われる書評があった

近藤は今まで借りた本をすべて探した

もしかして自分のことが書かれているかもと思ったからだ


しかし、近藤の期待に応えてくれる本はなかった



『ベタな恋愛小説もそれなりに味わいがある

 それに気づけるまで君の恋愛は片想いのままだ』



唯一、近藤の心の琴線に触れたのはこの書評だけだった


近藤は何を思ったのか卒業論文の結びにそれを引用した


タイトルは、

“フィールドワークによって引き起こされる意識の変容について”

というものにした



提出後、数日して近藤は教授に呼ばれた


「近藤君さぁ、論文の体は成してるけどね

 なんなのこのベタな恋愛小説みたいなって結び」


「すみません教授、削除します

 他に手直しする箇所あれば言ってください

 私、もっと公共政策を勉強したいです

 なんとかなりませんか?」


「君が政治家に向いてるとは思えないしね

 どこかのコングロに就職ったって公共政策ってさぁ、

 お高くとまってるって思われてるでしょ彼らに、厳しいと思うよ

 推薦状は書くよもちろん」


「ありがとうございます

 明日までに手直しして提出いたします」


「手直しはタイトルだけでいいよ

 『個によって引き起こされる集団の意識の変容について』にして」


「あ、はい。それだけでいいんですか?」


「いいに決まってるじゃないか、こんな棺桶に片足突っ込んだくたばり

 損ないの爺さんでも涙する内容なんだから

 君は意外にズルいことするね」


採用面接でも教授と同じセリフを言う人が多かった

“泣ける論文”を武器に近藤は内定を勝ち取った



近藤の中で“ユリ”という名前は長い間、風化することはなかった

現時点で彼女を越える笑顔の持ち主に出会っていなかった


明日は巨魁と言われた男、

丸ノ内市中央銀行 頭取 九条泰然にインタビューの予定だ

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