二度寝

咲野ひさと

なにげない朝

「今日も天気!」

「ウンザリだな」


 そう返すと、隣で彼女が動く。

 ずっと嗅いでいたくなるフレグランスが湧きたって、温もりの位置がモゾモゾと変わった。

 シーツの表面から体温が発散していくのを実感するほど冷える中、身を寄せ合うより他はない。

 まるで、タイプT高効率ヒートポンプの熱源にでもなった気分だ。


「青空、好きじゃないの?」

「じゃなくって、晴れを”天気”って呼ぶことさ」


 さすがの君もわからないかな。

 どれだけ心が通い合っているとしても、言葉は必要なのだろう。

 テレパシーが発明されるまでは。


「雨でも雪でも天気じゃないか。なのに、晴れが天気の代表です、みたいな感じが」

「あまのじゃくすぎるよ」


 なのかもしれない。

 あまのじゃくにも、天という字が入っていたはず。

 どうしてヘソ曲がりみたいな意味になったのか?

 聞いたら教えてくれると思うけれど、またあとで。


「でもそもそも、青一色ってつまらなくないか?」

「じゃあ曇りが好き?」

「雲が多すぎるのもちょっと。せっかくだったら、いろいろ見たい」

「なんかエッチ」


 ささやき声が耳元でして、隣の熱が強くなる。

 いいや……たぶん、自分の方だ。


「だったら、ちょうどこんな感じ?」

「いいよ。すごくいい」


 素晴らしい”天気”だ。

 一番下は淡い紫。ピンクとオレンジを経たあとは、天頂を目指して鮮やかになる水色。

 視界に広がるこのグラデーションこそ、目の覚めるような朝焼けと名付けるにふさわしい。


 そこに絶妙な分量で漂う雲も、一単語で表すには申し訳ないほど多種多様。

 天にはばたくペガサスの翼に見えるフワリとしたものから、夜を名残惜しむように下部に留まるドシリとしたものまで。

 そのそれぞれに光が当たって、どこに目を向けても、一つとして同じ箇所はない。


 なんと素敵なのだろう。

 人知を超越した完璧な複雑性を、こうして寝転がって眺められているなんて。

 けれど――――


「今って、こんな空じゃないんだよな」

「そうね。十一時すぎだから、とっくに日は昇っちゃってる」

「時間のことじゃないよ」


 聡明な君のことだ。

 わかった上でトボケてくれているんだね。

 気を利かせてくれるのがすごく好きで、頼りにもしている。

 頼りすぎなくらいに。


「君ならできるだろう?」

「できる、けど」

「実際、どんな風なのか。見せてほしい」

「……ちょっと待ってて」


 隣から温もりが少し遠ざかった気がして、しばらく。

 頭上に広がる朝焼けは消え、ヘドロとしか言いようのない色が一面を塗りつぶす。

 時折ノイズが走るたびに視界がまたたき、臨場感が途切れる。


 ――――そう、その場には居ない。

 

 なに一つ、この目で見たことはない。

 青空も、雲も……ヘドロさえも。


 パンデミックから核戦争。

 それだけで壊滅的なのに、地表面温度までもが下がる始末。

 熱を求めて地下に潜ったのは、何世代前だったか。


「いつか、見れるかな」


 技術革新は目覚ましく、衰退とは程遠い。

 かくいう自分だって、少しは貢献できているつもりだ。

 だから、希望はある。


「わっ!」


 彼女の悲鳴と同時、空に異変が起きた。

 燃え盛る球体が降り注ぎ、長く赤い尾によってヘドロ色を裂く。

 

「これが……隕石?」

「もうムリ!」


 赤みを帯びた終末の空が、無味乾燥な白い天井へと戻った。

 きっと地上に残っていたカメラが焼き尽くされたのだろう。


 飛来物の衝突のインパクトが地中奥底まで到達するか、否か。

 まあ……どちらでもいい。

 この程度で破壊されているようでは、人類はとうの昔に絶滅している。


「ごめん。接続が切れちゃった」

「こっちこそごめん。怖いことさせて」

「ふふ。そういう所、好きよ」


 フレグランスの香りがフッと強くなる。

 こんな日は仕事をする気分になれない。

 

 寝返りを打つ。

 そして、生存支援システムの人型インターフェースを力いっぱい抱きしめた。



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二度寝 咲野ひさと @sakihisa

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