第4話 帳簿係は、口になる
ギルドの掲示板の前は、朝から騒がしかった。
依頼札をめくる手が止まり、代わりに噂話が飛び交う。
「死なない洞窟、ってやつだろ?」
「本当なら、初心者に美味すぎる。保険いらねえじゃん」
「でも、壁が動くって聞いたぞ。普通に怖いだろ」
セラはカウンターの内側から、その輪を見た。
噂の熱は、数字よりもずっと早い。――早すぎる。
(このままだと、私の手を離れる)
昨日までの調査は、あくまで「撤退前提の小隊」だった。
だから全員が引けた。だから死者が出なかった。
だが、噂を聞いて来る連中は違う。撤退判断を持っていない者もいる。欲が先に立つ者もいる。
そしてもう一つ、厄介な種類の人間も寄ってくる。
掲示板の前に、見慣れない男がいた。
装備は軽い。剣も盾も、必要最低限。だが視線が妙に落ち着いている。周囲の会話を聞きながら、必要な情報だけを拾っている目だ。
腰のポーチから、透明な小瓶を取り出す。
中には淡い光を宿した結晶片。――記録水晶。映像と音を保存する魔道具。
セラは、胃の奥が冷えるのを感じた。
(来た。攻略の拡散だ)
男がこちらに向き直り、カウンターへ歩いてくる。
笑みは柔らかいが、油断できない。言葉が軽いタイプではない。軽く見せるタイプだ。
「受付さん。噂の洞窟、場所って、どこです?」
セラは一瞬だけ躊躇してから、事務的な顔を作った。
「未登録ダンジョンの場所は、原則として公開していません」
「でしょうね。じゃあ――“調査依頼”として出せますか」
男は記録水晶を指で転がした。
「僕、レオン。攻略記録を……まあ、配信みたいなことをしてます」
「……知っています」
知っている。
ギルドの現場では、彼の名前は賛否で割れる。
新人の死亡率を下げる、という意味では役に立つ。だが、攻略が広まれば迷宮は対策する。迷宮が対策すれば、死人が出る。いたちごっこだ。
セラは低い声で言った。
「あなたが“奇跡”だとか“転移”だとか、そういう言葉を使えば……教会が反応します」
「分かってます。だから、言い換える」
レオンはあっさり頷いた。
「強制排出。敗北刻印。訓練迷宮。――事務用語でまとめればいい」
「……それでも、噂は勝手に育ちます」
「だからこそ、僕が先に形を作る。危険を盛るんじゃなく、撤退を盛る。そういう記録も、需要ありますよ」
その言い方が、厄介だった。
善意と利害が混ざっている。完全な悪ではない。だから拒みきれない。
セラは息を吸い、吐いた。
「条件があります。撤退優先。深追い禁止。――あと、調査隊の記録をこちらにも提出してください」
「了解。ギルドの枠に入れるってことですね」
「……ええ。“枠”は、檻じゃなくて盾です」
レオンは少しだけ目を細め、笑った。
「盾なら、僕も助かる。じゃ、依頼札をください」
◇
朝の湿りが、岩に染みる。
水滴の振動が、俺の中で日付を刻む。
【迷宮UI】
種別:ダンジョンコア(未成熟)
稼働日数:4日目
MANA:30/30
CAP:2/2
ATT(注目度):9 / 100
SUR(生存率):100%(直近3回)
DR(致死率):0%(直近3回)
……じわじわ、上がっている。
昨日は救命結界を見せずに済んだ。それでも、噂だけでこれだ。
客が増えるのは、収益の面では正しい。
だが、目も増える。監視も、盗掘も、討伐も。
(“死なない”は、武器であり、弱点でもある)
俺に外界との交渉能力はない。
だから今までは、数字だけを頼りに“最適化”してきた。
だが――噂が走り始めた以上、戦闘だけ最適化しても足りない。
必要なのは、運営だ。
記録。判断。言葉の選び方。
そして――口。
俺はUIの投資欄に触れた。
【投資:ダンジョンステータス】
C-INT(迷宮知能) 0 → 1
消費MANA:6
MANA:24/30
洞窟の奥が、少しだけ明るくなった気がした。
光ではない。思考の輪郭が、増える。
〈オペレーション・ルーム〉の端に、新しいタブが生えた。
【C-INT:解放機能(初級)】
・侵入者ログの自動要約(簡易)
・行動パターンの学習(低)
・生成:管理者NPC(初級) ※NEW
管理者NPC。
――それが、俺の求めていた“口”だ。
生成可能一覧が更新される。
【生成可能:更新】
・スライム(小)……MANA 5
・粘床(弱)……MANA 3
・薄壁(仮)……MANA 2
・落とし穴(浅)……MANA 4
・管理者ゴブリン(帳簿係)……MANA 8 ※NEW
ゴブリン。
普通なら、冒険者にとっては倒す相手だろう。
だが“帳簿係”と付いている。戦闘用ではない。運営用だ。
俺は迷わず選んだ。
【生成:管理者ゴブリン(帳簿係)】
消費MANA:8
MANA:16/30
コアのすぐ近く、岩陰が揺れた。
土とマナが混ざったような匂いがして、そこから小柄な影が起き上がる。
緑の肌。尖った耳。だが、手に持っているのは棍棒じゃない。
小さな帳簿と、黒い石の筆だ。
ゴブリンは周囲を見回し、ぺたんと座り込むと、いきなり歌い出した。
「いーち、にーい、さーん。まな、まな、まなのかず。きゃぱ、きゃぱ、へやのかず……」
数え歌。
音程は怪しいが、数は正確だ。歌いながら帳簿に線を引いていく。
俺は、思考の中で命令を投げた。
言葉にできない代わりに、意図だけを押し付ける。
(俺の代わりに、記録しろ。整理しろ。外界に見せる“言葉”を作れ)
ゴブリンは歌を止め、こちら――コアの方向に顔を向けた。
そして、深々と頭を下げた。
「ミュル。帳簿係。主の“数”を守る。主の“ゼロ”を守る」
……ミュル。
名前があるのか。システムが付けたのか、彼自身が名乗ったのかは分からない。
だが、今はそれでいい。
俺には、初めての“部下”ができた。
「きょうの おしごと なに?」
ミュルが訊く。
俺は答えられない。
代わりに、洞窟の壁を少しだけ鳴らして、入口方向を示した。
足音が近い。
今日は、噂を嗅いで来る客が混ざる。
ミュルが帳簿を抱え、立ち上がった。
「きゃく、くる。――ミュル、みる。ミュル、かぞえる」
◇
入口の外で、複数の足音が止まる。
金属の軽い鳴り。布擦れ。話し声。
「板、二枚。ロープは一本で足りる。――粉は?」
「粉は追加した。あと、これ」
瓶の中で、光が揺れる。
記録水晶。……見られている。
〈オペレーション・ルーム〉が立ち上がった。
【〈オペレーション・ルーム〉発動】
侵入者:4名
推定ロール:壁/斥候/砲台/指揮(情報発信)
危険度:中(対コア脅威:中)
攻略拡散リスク:高 ※NEW
予測誤差:高(高INT/高SEN/戦術共有を確認)
――侵入者1(壁)
LV:3
STR:12 AGI:7 VIT:15 INT:6 MAG:0 SEN:6 WIL:8
――侵入者2(斥候)
LV:2
STR:6 AGI:13 VIT:8 INT:8 MAG:0 SEN:12 WIL:8
――侵入者3(砲台/見習い魔術師)
LV:2
STR:5 AGI:8 VIT:7 INT:10 MAG:12 SEN:7 WIL:6
――侵入者4(指揮/情報発信:レオン)
LV:5
STR:8 AGI:10 VIT:8 INT:14 MAG:2 SEN:13 WIL:10
スキル:〈戦術共有〉(小)
……高い。
INT14、SEN13。しかもスキル付き。
戦闘力は並だ。だが、戦闘で勝つ必要はない。
彼は“情報”で勝つ。勝ち筋を外に配る。
俺の予測ログが、いつもより濁る。
これは、盤面を読まれている。
【予測戦闘ログ】
現構成:スライム(小)×2/粘床(弱)/落とし穴(浅)/薄壁(仮)/簡易扉(分断)/可動壁(簡易)
目標:侵入者撤退(救命結界未使用)
成功確率:52%
DR上昇:極低(±)
ATT上昇:中(++)※拡散リスク
成功確率が落ちた。
代わりに、ATT上昇が跳ねている。
(勝っても負けても、面倒だな)
だが、避けて通れない。
噂が走った時点で、いつか来る客だった。
俺はミュルに、もう一度だけ意図を投げた。
(侵入者が通った痕を消せ。印を残させるな。――“攻略”を固定させるな)
ミュルは頷き、暗がりへ溶けるように動いた。
ゴブリンにしては静かだ。SENの高い奴に見つかれば終わるが、今は賭けるしかない。
四人が洞窟に入ってきた。
壁役が前。盾を構え、足元を確認しながら進む。
斥候が棒で床を突き、光球で影を飛ばす。見習い魔術師が小さなランタンを掲げる。
そして最後尾で、レオンが記録水晶を握り、淡々と喋っている。
「――まず前提。レベルは信用しない。見るのは足取りと目線。罠の兆候があるかどうか」
「レオンさん、ほんとに配信にするの?」
「する。でも、撤退優先。ギルドからの依頼だからね」
ギルドの枠。……なら、多少はマシか。
だが、“多少”はDRを守ってくれない。
斥候が床に白い粉を薄く撒いた。
粉が湿り気を浮かび上がらせ、粘床の輪郭が見える。
「ここ。粘る。板で渡る」
「了解。壁、板の上から降りるな。斥候、先に降りて安全確認」
「はいはい」
板が置かれ、四人が順に渡る。
(想定内)
俺は、粘床で止めるのをやめた。
止めれば、攻略が確定する。彼らは正解だけを持ち帰る。
必要なのは、“正解を揺らす”ことだ。
板を渡り切った瞬間、可動壁を、ほんの少しだけ寄せた。
板の片端が、岩に擦れる。ぎし、と嫌な音。
【地形微調整】
対象:薄壁(仮)
消費MANA:1
MANA:15/30
斥候が即座に振り返った。
「……今、音した」
「壁が崩れたか?」
「いや、崩落じゃない。擦れた。板が……」
SEN12。気づく。
だが気づいても、今は板の上だ。選択肢は少ない。
壁役が慎重に一歩進む。
板がわずかに傾く。滑りはしない。落ちもしない。
ただ、“不安”だけを増やす。
レオンが小さく笑った。
「固定解を嫌う迷宮だね。……面白い」
面白がるな。
彼らが索敵通路を抜け、分断の間へ足を踏み入れた瞬間――
俺は、可動壁を動かした。
だが、昨日のような派手な分断ではない。
完全に割らない。声が通る程度の隙間を残す。――“分断したつもり”にさせる。
【地形微調整】
対象:可動壁(簡易)
消費MANA:2
MANA:13/30
岩の隆起が伸び、通路が狭まる。
壁役と見習い魔術師が前に、斥候とレオンが後ろに残る形になる。
「っ、前が詰まった!」
「壁、止まれ! 魔術師も止まれ! 後ろ、どうだ!」
「声は通る。落ち着いて。……斥候、前の床、見える?」
レオンの声が、背後から淡々と飛ぶ。
スキル〈戦術共有〉の効果か、全員の反応が速い。
(指揮を切れない)
なら、情報を切る。
視界を切る。
俺はスライムを一体、前側へ回した。
攻撃しない。まとわりつくだけ。光を散らし、足元の影を歪める。
見習い魔術師が反射的に火球を構え――レオンの声が止めた。
「撃つな。蒸気で見えなくなる。――ランタンを下げて、影を作れ。スライムは“見え方”で脅すタイプだ」
「……はい」
読まれている。
しかも、説明されている。
俺は内心で呻いた。
だが、C-INTのタブが淡く光る。
【学習:侵入者行動】
パターン登録:レオン(情報共有型)
推定目的:攻略情報の外部共有
対策候補:情報の不安定化/痕跡消去/分岐の増加
よし。学習はできる。
前側の壁役が、狭まった通路をこじ開けようと盾で押した。
STR12。VIT15。押し返す力はある。
だが、押し合いは“時間”を食う。
俺は、その時間で“痕跡”を消す。
ミュルが動いた。
彼は分断の隙間を使い、侵入者の足元から少し離れた壁面へ張り付くように進んでいた。
そして、斥候が付けた白い粉の線を、指で撫でて消していく。
湿った布で拭うように。ゴブリンの掌は泥で黒い。粉が泥に吸われ、跡が曖昧になる。
斥候が、ふと顔を上げた。
「……え?」
気づいたか。
SEN12は伊達じゃない。違和感を拾う。
だが、彼が見たのは、粉の線が“薄くなった”事実だけだ。
ゴブリンの影は暗がりに溶けている。まだ見えていない。
レオンが、後ろから囁く。
「印が消えてる。……湿気じゃない。誰か、触った」
「モンスターが拭いた?」
「モンスターが“拭く”なら、いるのはスライムじゃない。……有人だ」
やめろ。
その単語は、危険だ。
俺は即座に、薄壁を微調整して影を伸ばした。
ミュルを隠す。
【地形微調整】
対象:薄壁(仮)
消費MANA:1
MANA:12/30
影が濃くなり、ミュルの輪郭が溶けた。
同時に、足元の影も変わる。
それは罠の兆候にも見える。斥候が一歩、止まった。
「前、待って! 影が変わった。……床、危ないかも」
「撤退も視野だ。壁、引けるか」
壁役が盾を下げ、ゆっくり後退する。
狭い通路では、撤退は難しい。だが、彼らは訓練されている。焦りで崩れない。
なら、こちらが“出口”を作る。
可動壁を、ゆっくり戻した。
戻しすぎない。戻してしまえば、彼らは再び前進する。
あくまで“撤退できる”程度に開く。
【地形微調整】
対象:可動壁(簡易)
消費MANA:1
MANA:11/30
隙間が広がる。
前側の二人が、後ろ側へ戻れるだけの幅。
「今、戻れる!」
「壁、魔術師、戻れ! 走るな、足元確認!」
四人が再集合する。
斥候が小声で言った。
「……今の、絶対誰かいた。影の中で、動いた気配が」
「見えた?」
「見えなかった。でも、粉の線が……消え方が、人の手だ」
「……帰ろう」
レオンが淡々と言った。
その声に、迷いがない。撤退をためらわない。
それは、いいことだ。だが――情報を持ち帰られるのは困る。
俺は最後に、彼らの“確信”だけを曖昧にしたかった。
だから、わざとスライムを一体、目立つ場所に出した。
半透明の塊が、ぬらりと床を這う。
そして、斥候の足元にだけ、粘床の兆候を“派手”に見せる。
罠はそこにある。だが踏ませない。踏めば事故が増える。
踏ませずに、“ここは危ない”と確信させる。
斥候が即座に後退し、板を回収し始めた。
「やっぱり粘る。帰るぞ」
「記録は十分。――今日の結論。ここは“安全”じゃない。“死ににくい”だけだ」
レオンが、記録水晶に向けて言葉を置く。
「死ににくい迷宮は、油断した者を殺す。……だから、撤退を学べ」
……くそ。
言葉選びが上手い。危険を煽らず、でも興味は煽る。
四人の足音が、入口へ向かって遠ざかる。
誰も転ばない。誰もパニックにならない。
救命結界は、使わずに済んだ。
洞窟が静かになる。
ミュルが影から出てきて、帳簿を開いた。
「きょうの きゃく。よんにん。――さいごのひと、こわい。あたま、すごい」
彼は指を折って数え、歌うようにまとめる。
「れべる たかいけど、つよさは べつ。せん、いんと、すごい」
その言い方に、俺は少しだけ笑いそうになった。
そうだ。この世界はレベル神話だ。
だが俺は、数値で見る。ステータスで刺す。
UIが更新された。
【迷宮UI:更新】
MANA:11/30 → 38/38
ATT:9 → 12
SUR:100%(直近4回)
DR:0%(直近4回)
……MANAが増えた。
客は撤退した。それで収益が出る。
だがATTも増えた。拡散リスクが現実になる。
ミュルが帳簿の端に、太い線を引く。
「ちゅうもくど、あがる。――め、ふえる。こあ、あぶない?」
彼は俺を見上げる。
俺は答えられない。だが、岩肌を少しだけ鳴らした。
(あぶない。だから、次はSECだ。盾を厚くする)
ミュルは頷き、数え歌を再開した。
俺は石のまま、次の最適解を選ぶ。
ゼロを守るために。噂に殺されないために。
────────────────
【迷宮日報:稼働4日目】(記:ミュル)
MANA:38/38
CAP:2/2
ATT:12(0-100)
SUR:100%(直近4回)
DR:0%(直近4回)
侵入者ログ:
* 人数:4
* 推定ビルド:壁(VIT)/斥候(AGI+SEN)/砲台(MAG)/指揮(INT)※情報発信
* 侵入者の学習点:板・粉・印(チョーク)で罠の固定解を作る。指揮(高INT+高SEN)が“危険の言語化”をする。
* 迷宮側の改善点:痕跡消去の徹底(印・粉・目印)。分断だけでは指揮を切れない。情報戦の層を増やす。
改修・投資:
* 投資ダンジョンステ:C-INT 0→1
* 新規解放:管理者NPC(帳簿係ミュル)
* 変更した部屋・罠:薄壁の微調整(2回)/可動壁の作動・解除(計2回)
次回課題:
* 予測される対策:攻略情報の共有(配信・掲示板)/目印の多用/“有人迷宮”の噂拡大
* 先回り案:SEC強化(盗掘者識別・擬装の強化)/分岐増加/目印を“偽情報”に変える演出
帰宅させるダンジョン運営 ~レベル主義の世界で、ステータス最適化コアが死亡率0%を貫くまで~ てゅん @satooooooo
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