第3話 扉は、逃げ道を閉じない
セラは、報告書の欄外に小さく二重線を引いた。
その上で、言葉を一つ、消す。
(転移――は駄目。教会が反応する)
代わりに書くのは、もっと曖昧で、もっと事務的な表現だ。
「強制排出(敗北刻印付与)」――と。
ギルドの規定では、未登録ダンジョンの発見は即時報告。危険度判定。必要なら討伐隊。
流れは決まっている。
だが、決まっているからこそ、言葉の選び方で未来が変わる。
カウンター前には、昨日の調査隊が並んでいた。
斥候のマリスは眠そうに目を擦り、見習い魔術師のリナは掌に残った泥を眺め、指揮役のトードは真面目に背筋を伸ばしている。
そして――壁役の代わりに、端で腕を組んでいる男がいた。
「……ユーノ、今日は入れないの?」
セラが問うと、壁役ユーノは唇を尖らせた。腕の内側にある刻印が、薄く赤みを帯びている。
「近づくと、焼けるみたいに痛ぇ。これ、ほんとに二十四時間ってやつかよ」
「だいたいはね。無理に入ろうとして倒れた例もある。……あなたは“生きて戻った”。それだけで十分」
ユーノは言い返しかけて、黙った。
それでも悔しさが残るのか、拳を握る。
セラは、その拳を見てから、隊の三人に視線を移した。
「昨日の追加情報。何かあった?」
マリスが、指先で空をなぞる。
「罠の兆候、わざと薄くしてる。気づく人だけ気づく感じ。……あと、地形が“動く”かも。薄壁が、少しだけ寄った」
「確かに。あれ、自然崩落じゃない。狙ってた」トードが頷く。
「火球を撃ったら、蒸気で前が見えなくなって……ちょっと、怖かった」リナが小声で言う。
セラは息を吸い、吐いた。
(死なない。でも、弱くはない。しかも、成長が早い)
報告書に書けば、上は動く。
動けば、村の洞窟は封鎖される。初心者の稼ぎ口は消える。――そして、あの“死なない”という性質が、本当に失われる可能性だってある。
セラは決めた。
「今日、もう一度だけ調査する。撤退前提。目的は“内部の構造確認”。深追いはしない」
「壁がいないぞ」ユーノが言う。
「代役を用意する。あと――道具も」
セラはカウンター下から、貸出用の装備箱を引き出した。
「板、ロープ、楔。粉の追加。ランタンも二つ。昨日の“学習点”を、今日は迷宮側に突き返す」
トードが苦笑する。
「……読み合いですね」
「ええ。――だから、あなたが指揮を取る。怖くなったら、必ず引く。それが条件」
トードは一瞬だけ目を伏せてから、頷いた。
「了解。撤退優先でいきます」
◇
朝の湿りが、洞窟の中に染み込んでくる。
俺にとってそれは、“日付が進んだ”という合図だ。
【迷宮UI】
種別:ダンジョンコア(未成熟)
稼働日数:3日目
MANA:24/24
CAP:1/1
ATT(注目度):7 / 100
SUR(生存率):100%(直近2回)
DR(致死率):0%(直近2回)
……注目度が、じわじわ上がっている。
昨日は救命結界を使った。派手だ。噂になる。
救命結界は必要だ。だが、毎回見せていい手札じゃない。
俺の最優先KPIはDR。次点でMP。――その次に、ATTの管理が来る。
つまり、今日の目標は一つだ。
(救命結界を使わずに、撤退させる)
そのためには、事故死の確率をさらに落としつつ、戦闘の“圧”だけを上げる必要がある。
圧を上げる手段は二つ。手数(GEN)か、制御(CTL)だ。
手数は分かりやすい。モンスターを増やす。罠を増やす。
だが、今のCAPは1/1。部屋の器が小さい。増やせば理不尽に見える。
なら、先に器を広げる。
俺はUIの選択肢に触れる。
【拡張:CAP上限】
CAP:1 → 2
消費MANA:6
MANA:18/24
洞窟の“奥行き”が増えたような感覚。
実際に空間が伸びたというより、俺が触れられる範囲が増えた、と言うべきか。
次は、制御。
【投資:ダンジョンステータス】
CTL(制御) 1 → 2
消費MANA:6
MANA:12/24
壁の手触りが、はっきりする。
昨日は“髪の毛一本分”だった微調整が、今日は“指先で押す”くらいの精度になった。
そして、UIが更新される。
【CTL:解放(初級→準中級)】
・可動壁(簡易)
・簡易扉(分断)
・救命結界:誤作動率さらに低下(※発動回数は据え置き)
可動壁。簡易扉。
――分断の間が作れる。
俺はすぐに、二つ目の部屋を設計した。
入口からの索敵通路の先。
そこに“分断の間”を置く。
扉は、閉じるためじゃない。
分けるためのものだ。
パーティは役割で成立している。
壁、斥候、砲台、指揮。支え合っている。
なら――支え合えない瞬間を作ればいい。
もちろん、殺すためじゃない。
撤退を選ばせるために。
【生成:簡易扉(分断)】
消費MANA:3
MANA:9/24
【生成:可動壁(簡易)】
消費MANA:2
MANA:7/24
扉と壁を“自然”に見せる。
露骨な鉄扉じゃない。岩の割れ目が、押し出されて通路を塞ぐだけ。
崩落に見える程度に、でも“狙ってる”と気づく程度に。
理不尽は長期的に損をする。
納得は、次に繋がる。
最後に、手数を少しだけ増やす。
【生成:スライム(小)】
消費MANA:5
MANA:2/24
ぷるん、と新しい塊が生まれる。
これで二体。
殺傷力は低い。
だが、視界と呼吸の自由を奪う“恐怖の圧”としては十分だ。
俺は予測ログを開く。
【予測戦闘ログ】
現構成:スライム(小)×2/粘床(弱)/落とし穴(浅)/薄壁(仮)/簡易扉(分断)/可動壁(簡易)
目標:侵入者撤退(救命結界未使用)
成功確率:58%
DR上昇:極低(±)
ATT上昇:小(+)
58%。高くはない。
理由は分かる。昨日の報告が彼らに渡っている。道具が来る。
だが、成功確率は“固定値”じゃない。
俺には――試合中に盤面を動かせる権利がある。
足音が、入口で止まった。
(来たな)
◇
四人。昨日と同じ声が三つ、知らない声が一つ。
「ロープ確認。板は二枚。楔は……よし」
「代役、前に出すぎないで。罠の連鎖、昨日以上に疑う」
「……分かったよ。俺、こういうの慣れてねえんだけどな」
新しい壁役だ。
〈オペレーション・ルーム〉が立ち上がる。
【〈オペレーション・ルーム〉発動】
侵入者:4名
推定ロール:壁(代役)/斥候/砲台(見習い)/指揮
危険度:中(対コア脅威:中)
予測誤差:中(高INT/高SENを確認)
――侵入者1(壁:代役)
LV:4
STR:13 AGI:6 VIT:16 INT:5 MAG:0 SEN:6 WIL:6
――侵入者2(斥候)
LV:2
STR:7 AGI:12 VIT:8 INT:8 MAG:0 SEN:11 WIL:8
――侵入者3(砲台/見習い魔術師)
LV:2
STR:5 AGI:8 VIT:7 INT:9 MAG:12 SEN:7 WIL:6
――侵入者4(指揮)
LV:3
STR:8 AGI:9 VIT:9 INT:12 MAG:4 SEN:8 WIL:9
壁役、VIT16。硬い。
だが、WIL6。崩れるのは早い。
斥候は相変わらずSEN11。情報で勝つタイプ。
指揮はINT12。道具と判断で突破してくる。
見習い魔術師はMAG12だが、WIL6。恐怖に弱い。
分断の刺しどころは決まった。
(壁と砲台を一度、指揮から切り離す)
指揮がいない状態で“圧”を受ければ、WILの低い二人は撤退判断を早める。
そして撤退するなら、俺は出口を開ける。
侵入者2――斥候が先頭に立つ。
昨日と同じ動き。棒で床を突き、石を転がし、光を当てる。
「粘る場所、ここ。光沢が変だ。……板、出して」
板が置かれる。
粘床の上に“橋”がかかる。
(想定内)
俺は粘床で止める気はない。
止めたいのは、この先だ。
四人が板を渡り、索敵通路を抜ける。
その先――新しく作った分断の間に足を踏み入れた瞬間。
可動壁が、音もなく伸びた。
岩の隆起が、横から押し出される。
通路が二つに割れる。
壁役と見習い魔術師が右に、斥候と指揮が左に。
「っ、壁が――!」
「止まるな! 全員、その場で足元確認!」
指揮の声が左側で響く。
斥候が壁を叩き、隙間を探す。
右側では、壁役が咄嗟に盾を構えた。だが、その盾は“敵”ではなく“閉じた壁”に向いている。
「おい、そっち行けねえぞ!」
「落ち着いて! 声は届く! 状況報告!」
指揮は冷静だ。WIL9。
だが、右側の二人は違う。
見習い魔術師が、息を呑む。
「……閉じ込められた?」
「閉じ込めじゃない。分断だ。出口はあるはずだ、探すぞ」
壁役が強がる。
強がりは、WILの低さの裏返しだ。
俺はスライムを出す。
二体。左右に一体ずつ。
攻撃しない。
ただ、寄る。ぬらりと視界の端に入る。呼吸を意識させる。
数値が動く。
侵入者1:WIL 6 → 5
侵入者3:WIL 6 → 5
いい。下げすぎるな。
恐怖は“撤退の理由”にする。死の理由にしない。
左側――斥候と指揮は、壁の継ぎ目を見ている。
SEN11が、違和感を拾う。
「これ、自然崩落じゃない。押し出してる……。動く壁だ」
「つまり、戻る前提の仕掛け。――右側、急げ。そっち、何がいる?」
右側の見習い魔術師が答える。
「スライム……二体のうち一体。近い。火球、撃つ?」
「撃つな。蒸気で視界が死ぬ。まずは距離を取れ。壁は前に出るな、足元確認!」
(蒸気、学習済みか)
読まれている。
だが、読み合いは“読む側”だけが有利じゃない。
右側の通路は、わざと狭い。
狭い通路は、板もロープも活かしにくい。
そして、狭い通路の先に――浅い落とし穴を置いてある。
壁役が前に出ようとして、一歩踏み出す。
床が抜ける。
「うわっ――!」
ずるり、と膝まで沈む。
落下距離はほぼない。衝撃は小さい。だが、動けなくなる。
「ガロ! 大丈夫!?」
「だ、だいじょ……くそ、抜けねえ!」
壁役のVIT16が、冷静さを支えている。
だがWILは違う。
侵入者1:WIL 5 → 3
ここで、見習い魔術師が火球を撃てば、蒸気が出る。
蒸気は視界を奪い、パニックを呼ぶ。
だから――撃たせない。
スライムを“顔に伸ばさない”。
ただ、穴の縁にまとわりつき、逃げ道を塞ぐ“ふり”だけをする。
恐怖は与えるが、呼吸は奪わない。
ルールは守る。
左側の指揮が叫ぶ。
「右、無理なら撤退! 分断を維持されたら詰む!」
「撤退って、どっちに――!」
「来た道に戻れ! 壁は動く! 開く瞬間があるはず!」
正解。
俺は“開く瞬間”を作る。
可動壁を完全に戻せば、彼らは再結集して押してくる。
戻さなければ、右側がパニックを起こす。
最適解は、その中間だ。
俺はMANAを1だけ切って、可動壁を“半端”に動かした。
【地形微調整】
対象:可動壁(簡易)
消費MANA:1
MANA:1/24
壁の継ぎ目が、指一本分だけ開く。
通れる隙間じゃない。だが――光と声が、少しだけ増える。
見習い魔術師の呼吸が落ち着く。
侵入者3:WIL 5 → 6(回復)
指揮が、隙間越しに声を通す。
「右、今のうちに引け! 壁が動くタイミングに合わせろ!」
「……分かった! ガロ、引くぞ! 抜けるか!」
「抜ける……ッ!」
壁役が足を回し、泥から膝を引き抜く。
VIT16のおかげで、無理をしても壊れない。
俺は追わない。
撤退路を作るのは、迷宮の義務だ。
可動壁をさらに戻す。
今度は“二人がすり抜けられる”程度に。
四人が合流する。
指揮が即座に判断を下す。
「撤退! 今日は構造確認だけで十分だ! 板は回収、罠の再設置を疑って急げ!」
足音が、入口へ向かって遠ざかる。
板が粘床の上を滑り、ロープが引かれ、楔が抜かれる。
彼らは生きている。
救命結界は――使わなかった。
洞窟が静かになり、UIが更新された。
【迷宮UI:更新】
MANA:1/24 → 30/30
CAP:2/2
ATT:7 → 9
SUR:100%(直近3回)
DR:0%(直近3回)
……上限が30。
稼げた。殺していない。致死率は0のまま。
注目度は上がったが、昨日ほどじゃない。
転移は見せていない。派手な“奇跡”は隠せた。
(扉は、逃げ道を閉じない)
閉じるのは、彼らの“勝ち筋”だけでいい。
命は閉じない。
最適化は、まだ続く。
◇
ギルドに戻った四人を見て、セラは胸の奥で小さく息を吐いた。
「全員、生還。……救命結界は?」
「今日は、発動してない」トードが言う。「でも、“動く壁”が来た。分断で、役割を切ってくる」
セラのペンが止まる。
(成長、早すぎる)
これ以上、放置は危ない。
だが、討伐に回せば――あの性質は失われる。
セラは報告書の末尾に、別の提案を書き足した。
「仮登録(訓練迷宮)としての管理を検討」――と。
その文字を書いた瞬間、背後の掲示板の前で、誰かが噂話をしている声が聞こえた。
「なあ、“死なない洞窟”って知ってるか? 今度は壁が動くらしいぜ」
「本当なら、面白いな。……行ってみるか」
噂は、数字より速い。
セラはペンを置き、顔を上げた。
(早く、枠に入れないと――)
────────────────
【迷宮日報:稼働3日目】
MANA:30/30
CAP:2/2
ATT:9(0-100)
SUR:100%(直近3回)
DR:0%(直近3回)
侵入者ログ:
人数:4
推定ビルド:壁(VIT)/斥候(AGI+SEN)/砲台(MAG)/指揮(INT)
侵入者の学習点:板・ロープ・楔などの道具運用。蒸気(視界不良)を警戒。分断壁の“隙間”で指揮を通す。
迷宮側の改善点:分断中の事故死(パニック)管理。WIL低い者への圧は“呼吸を奪わない”形で。撤退路は常に確保。
改修・投資:
投資ダンジョンステ:CTL 1→2
新規解放:簡易扉(分断)/可動壁(簡易)
変更した部屋・罠:CAP拡張(1→2)/分断の間を新設/スライム(小)×1追加(計2)
次回課題:
予測される対策:分断対策(楔・破壊・合図)/壁役のWIL強化(精神系スキル・護符)/配信・噂拡散による注目度上昇
先回り案:分断の“解除条件”を複数化(読み合い)/SEC強化(盗掘者識別への布石)/救命結界を“見せずに効かせる”演出設計
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