第6話:氷解する心と契約
「【穿て、氷牙の檻】!」
ルナの杖から放たれたのは、炎ではなく氷の魔法だった。 先ほどの自爆特攻めいた熱量とは違う、冷静で鋭利な魔力。 無数の氷柱が地面から突き出し、前衛のオークたちの足を串刺しにする。
「ブギィッ!?」
動きを封じられたオークたちが悲鳴を上げる。 だが、後方に控えていたオーク・ジェネラルだけは、配下を盾にして氷柱を防ぎ、その隙を突いて突進してきていた。 分厚い鎧と巨大な斧。あの一撃を受ければ、魔法使いのルナなどひとたまりもない。
「チッ……!」
ルナが次の魔法を構築しようとするが、ジェネラルの速度の方が速い。 俺は「読心」スキルを全開にした。
『人間め! 右の死角が空いている! 首を跳ね飛ばしてやる!』
ジェネラルの思考がダイレクトに響く。 右だ。奴はルナの杖を持つ手の側、右から大振りの横薙ぎを狙っている。
「ルナ! 右だ! 伏せろ!」
俺の叫びに、ルナは一瞬の迷いもなく反応した。 彼女はその場で不格好に身を投げ出し、地面に伏せる。 直後、彼女の頭上があった空間を、ジェネラルの剛斧が風切り音と共に通過した。
「なっ!?」
空振りしたジェネラルが体勢を崩す。 その無防備な腹部が、俺たちの目の前に晒された。
「今だ! やれ、ルナ!」
「指図しないで!」
ルナは伏せた体勢のまま杖を突き出す。口では悪態をついているが、その顔には凶悪な笑みが浮かんでいた。
『ナオトの指示……完璧! 愛してる!』
『邪魔な豚は消えなさい! 私とナオトの時間を奪った罪は重いわよ!』
「【爆ぜろ】」
至近距離からの爆炎魔法。 ドォォォォン!! ジェネラルの鎧が内側から弾け飛び、巨体が吹き飛んだ。断末魔の叫びと共に、オークの群れの主力が沈黙する。 残ったオークたちは、ボスが倒されたことで戦意を喪失し、散り散りに逃げ去っていった。
「はぁ……はぁ……」
静寂が戻ったダンジョンに、ルナの荒い息遣いだけが響く。 彼女はゆっくりと立ち上がろうとしたが、膝がガクンと折れた。 魔力切れだ。先ほどの自爆未遂と、今の連戦。限界を超えているはずだ。
「っと!」
俺は慌てて駆け寄り、倒れ込む彼女の体を支えた。 細い。そして、驚くほど軽い。 Sランク冒険者としての威圧感を纏っていた彼女だが、その体は普通の少女と変わらない華奢なものだった。
「……触らないで。汚らわしい」
俺の腕の中で、ルナが力なく呟く。 汗で額に張り付いた黒髪。虚ろな瞳。 だが、その内側で響く心の声は、俺の鼓膜を破壊しそうなほどの絶叫だった。
『ああああっ! ナオトの腕の中!』
『抱きしめられた! 支えられた! 温かい!』
『このまま溶けたい……もう歩けないフリをしよう……ずっとこのまま……』
『心臓の音がうるさい……ナオトに聞こえちゃうかも……』
(全部聞こえてるんだよなあ……)
俺は苦笑いしながら、彼女を岩壁にもたれかけさせた。 回復ポーションを取り出し、彼女に手渡す。
「飲めるか? 無理なら手伝うけど」
「……子供扱いしないで。自分で飲めるわ」
彼女は震える手でポーションを受け取り、一気に飲み干した。 少し顔色が戻ったようだ。 ルナは深く息を吐き、ジッと俺を見つめた。その瞳の奥にある感情の重さに、俺はたじろぐ。
「……貴方、さっき私を助けたわよね」
「ああ。目の前で死なれたら夢見が悪いからな」
「私の魔法を止めて、私の命を拾った。……つまり、貴方は私の運命に干渉したのよ」
ルナの論理が飛躍し始めた。嫌な予感がする。
「責任、取りなさいよ」
彼女は俺の袖を掴んだ。力のない握り方だったが、決して離そうとしない執着を感じる。
「私にはもう、帰るパーティーがないわ。貴方が私を助けたせいで、私はここで生き残ってしまった。だから、貴方が私の面倒を見る義務があるの」
めちゃくちゃな理屈だ。 だが、その言葉の裏にある彼女の本音は、あまりにも切実で、痛々しいほどだった。
『お願い、捨てないで……』
『一人にしないで……ナオトがいなくなったら、私、生きていけない……』
『なんでもするから。魔法で敵を消すし、料理も覚えるし、夜の相手だって……』
『だから、私を置いていかないで……!』
心の声が泣いている。 Sランクの氷の魔女が、迷子になった子供のように震えている。 俺を追放した時の冷徹さはどこへやら。彼女はただ、俺に縋り付いているだけだった。
俺はため息をついた。 ここで彼女を見捨てることはできない。俺自身、このダンジョンから一人で無事に帰れる保証はないし、何より、こんなに弱っている人間を放置するのは寝覚めが悪い。 それに、彼女の実力があれば、これからの生活も安定するかもしれない。……愛が重いという一点を除けば。
「分かったよ。俺とルナで、パーティーを組もう」
俺がそう告げると、ルナの瞳が見開かれた。
「……本気? 私と組むということは、Sランクの敵を相手にするリスクも背負うのよ? 後悔しても知らないわよ」
口では脅すようなことを言う。 だが、心の声は爆発した。
『やったああああああ!』
『言質取った! もう逃がさない!』
『パーティー結成……つまり事実上の婚約! 結婚! 老後まで一緒!』
『契約成立ね……ふふ、契約書を作らなきゃ。血判状がいいかしら……』
(血判状はやめろ)
「とりあえず、街に戻るまでは『一時的』なパーティーだ。いいな?」
俺が釘を刺すと、ルナは不満げに、しかし嬉しそうに頷いた。
「ええ、一時的でもなんでもいいわ。……私の背中、預けてあげる」
彼女はそう言って、俺の手を借りて立ち上がった。 その手は、俺の手をこれでもかというほど強く握りしめていた。
『一時的? そんなわけないじゃない』
『一度捕まえた獲物を逃がすわけない』
『ナオトは私のもの。死んでも離さない……』
脳内に響くホラーな愛の誓いを聞きながら、俺はルナの肩を貸して歩き出した。 ダンジョンの出口への道は遠い。 だが、隣にいる「最強のヤンデレ魔女」のおかげで、魔物の心配だけはなさそうだった。
次の更新予定
『読心』スキル覚醒 ~俺を追放したSランク美女たち、全員内心では俺を溺愛していた(しかも重い)~ 仙道 @sendoakira
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