第5話:オークの群れと自爆特攻
「……妙だな」
ダンジョンの奥へ進むにつれ、俺は胸騒ぎを覚えていた。 当初の予定だった浅い階層はとっくに過ぎている。ルナが「こっちの方が近道よ」と強引に進路を変更したからだ。 近道どころか、空気は重くなり、壁面の苔も毒々しい色に変わっている。
「おい、ルナ。これ以上進むのは危険じゃないか? 依頼はゴブリン討伐だぞ」
俺が背中に声をかけると、ルナは立ち止まらずに答えた。
「心配性ね。私の実力を疑っているの?」
『ああ、ナオトの声が鼓膜を震わせる……もっと罵って……』
『でも、この先には今のナオトじゃ勝てない魔物がいるわ……』
『そこで私が華麗にナオトを守って、吊り橋効果で恋に落とす作戦……完璧よ』
(作戦の内容が筒抜けなんだよ!)
俺が頭を抱えそうになった、その時だった。
ブモォォォォォ……!
腹の底に響くような低い唸り声。 通りの向こうから、重厚な足音が響いてくる。一つや二つではない。軍隊のような行進音だ。
「……来たわね」
ルナが足を止める。 暗闇から現れたのは、豚の顔を持つ巨漢の魔物、オークの群れだった。 それもただのオークではない。先頭にいるのは、ひと回り大きく、身体中を鎧で固めた「オーク・ジェネラル」だ。その後ろに、武装したオークが十体以上控えている。
「なっ……ジェネラルだと!?」
俺は顔を引きつらせた。 Bランク相当の魔物だ。しかも群れを率いている。ソロの冒険者が遭遇したら、即座に逃走を選択すべき相手だ。
「下がっていて」
ルナが一歩前に出る。その背中は頼もしいが、声は相変わらず冷たい。
「貴方がいると足手まといよ。私の魔法の射線に入らないで」
彼女は杖を構え、膨大な魔力を練り上げ始めた。 周囲の空気が熱を帯び、チリチリと肌を焼くような感覚が走る。
「ルナ、無理だ! 数が多すぎる! 一旦引いて体勢を立て直そう!」
「逃げる? Sランクの私が?」
彼女は鼻で笑った。だが、その横顔には脂汗が滲んでいる。 俺の「読心」スキルが、彼女の焦燥を拾い上げた。
『……多い。予想以上ね』
『ジェネラルの守りは堅い。通常の炎魔法じゃ防がれる』
『長期戦になれば、後ろにいるナオトに危険が及ぶかもしれない……』
『万が一にも、ナオトに指一本触れさせるわけにはいかない……』
彼女の思考が、急速に危険な方向へと加速していく。
『確実に仕留めるには、広範囲殲滅魔法しかない』
『でも、今の残存魔力じゃ足りない……』
『なら、生命力を魔力に変換する禁術を使えばいい』
(は……?)
俺は耳を疑った。 生命力の変換? それはつまり、寿命を削るということか、最悪の場合は死ぬということか。
『私の命なんてどうでもいい。ナオトが傷つくくらいなら、この身が灰になっても構わない』
『ナオト……大好き。貴方を守って死ねるなら本望よ』
ルナの杖の先端に、どす黒い炎が宿り始めた。 彼女の肌から血の気が引いていく。その代償として、炎は爆発的に膨れ上がり、ダンジョンの天井を焦がすほどの熱量を発していく。
「【我が命を薪とし、紅蓮の劫火を……】」
詠唱が始まった。 本気だ。こいつ、俺を守るためだけに、本当にここで死ぬ気だ。 たかがオークの群れ相手に、自分の命を天秤にかけている。
「やめろ、馬鹿野郎!!」
俺は叫ぶと同時に、地面を蹴った。 恐怖で足が震えている暇はない。 俺は全速力でルナの背中に突っ込んだ。
「キャッ!?」
無防備な背中にタックルを受け、ルナが前のめりに倒れる。 杖が手から離れ、練り上げられていた魔力が霧散した。 暴発しなかったのは不幸中の幸いだ。
俺たちはもつれ合うように地面に転がった。 俺はルナの上に覆いかぶさるような体勢になる。
「な、何をするの!?」
ルナが顔を上げて睨みつけてくる。その顔は真っ赤で、涙目になっていた。
「邪魔をするなって言ったでしょ! 無能のくせに!」
罵倒する口調。だが、至近距離で聞こえる心の声は、混乱と歓喜でショート寸前だった。
『ナオトが……私を押し倒した……!?』
『魔物の目の前で!? なんて大胆な……!』
『私の命がけの魔法を止めてくれた……死ぬなってこと? 私に生きててほしいってこと?』
『ああ、重い……ナオトの重み……幸せ……』
(この状況で幸せ感じてる場合か!)
「死ぬ気だっただろ、お前!」
俺はルナの肩を掴んで怒鳴りつけた。
「俺を守るために命を使うな! 依頼の報酬よりお前の命の方が安いはずないだろ!」
俺の剣幕に、ルナは目を丸くした。 ポカンと口を開け、紫の瞳が揺れる。
「……気づいて、たの?」
「当たり前だ! 顔色が真っ青だったぞ!」
俺は咄嗟に嘘をついた。心の声が聞こえたとは言えない。 ルナは一瞬呆然とした後、フルフルと体を震わせた。
『怒られた……私を心配して、怒ってくれた……』
『私の命を、安いものじゃないって言ってくれた……』
『……もう駄目。好き。結婚したい』
彼女の瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。 かと思うと、彼女は俺の胸倉を掴み、力強い視線で見つめ返してきた。
「……勘違いしないで。貴方が邪魔をしたから、魔法が失敗しただけよ」
口では強がる。 だが、心の中はデレデレの洪水だ。
『責任取ってよね、ナオト』
『私の命を救ったんだから、これからは貴方が私の命を管理して』
「グゴォォォォォ!」
二人の世界に入りかけていた俺たちを、オーク・ジェネラルの咆哮が現実に引き戻した。 そうだ、まだ戦闘中だった。
「チッ……雰囲気を読まない豚ね」
ルナが俺の下から這い出し、杖を拾い上げた。 その表情には、先ほどまでの悲壮感はない。あるのは、恋する乙女の余裕と、邪魔者に対する冷徹な殺意だけだ。
「ナオト、私の後ろに隠れていて。……今度は死なない程度に、焼き尽くしてあげるから」
『愛の力を見せてあげるわ!』
ルナが杖を振るう。 放たれた炎は、先ほどのような自爆覚悟のものではなく、洗練された鋭い熱線だった。 しかしその威力は、彼女の高揚した感情を反映するかのように、凄まじいものだった。
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