明日の天気は猫でしょう

お仕事中の情シス

にゃあん

「さて、明日の天気です」


 ニュース番組が間もなく終わろうという時間、いつも通りのお天気キャスターが現れる。

 なんて事のない、いつも通りの夜の風景である。

 根詰ねづみはいつものように、ぼんやりと聞き流すつもりで食後のお茶を楽しんでいた。

 精々、雨降らないといいな、とか、寒くなりすぎない方がいいな、程度にしか興味を持っていない。


 それだけに、不意打ちの威力は十分だった。



「明日は全国的に猫が降るでしょう」



 ばんっ、と日本地図上にでかでかと表示される猫の顔を模したマーク。

 根詰は飲んでいたお茶が盛大に気管に入り、しばらくむせた。


 その間もお天気キャスターは、まるで珍しくもないことのように淡々と明日の気温情報を読み上げる。


「どういうことなの……?」


 予報はすぐに週間天気予報に移り変わる。

 見事に明日の天気だけがどこもかしこも猫の顔である。

 それ以降の天候は極めて普通であることが、猫の異様さをより際立たせている。


 根詰は訳が分からなくなり、WEBの集合知に助けを求めた。

 どのニュースサイトも、明日の猫が降るという予報に大きな反応を見せている様子はない。

 また、テレビ局の悪ふざけでどっきりを仕掛けている、というような話も流れていない。

 ただ、天気予報のサイトだけは、やはり明日猫が降ることを猫のマークで端的に伝えていた。


 頭がおかしくなったのかと思い、根詰は「天気 猫」で検索をかける。

 画面上に、義務教育で習ったはずの記憶がない「猫」の天気記号が表示される。

 ○の上に猫の耳を模したような三角形が二つ、ちょんちょんと突き出ている。

 いつできたんだそんな天気記号。


 とにかく、明日は猫が降るらしい。

 どういうことなのかは、もはや当日になってみないとわからないだろう。


 根詰は考えるのを諦め、食卓上の皿を片付けた。




 翌日。

 今日は猫が降るんだよな、と根詰は寝室の窓から空の様子を窺う。


 否、窺おうとした。



「なぁん」



 キジトラの猫が窓に張り付いていた。


 キジトラは人間のプライバシーなど知ったこっちゃないと、室内の根詰を真面目腐った顔でガン見する。

 そして、自分のプライバシーに関しても頓着がないのか、真面目腐った顔と共にまん丸のふぐりも丸見えである。

 見せつけたいお年頃なのだろうか。

 とんでもない痴猫である。


 しばし呆けたように唖然としていた根詰であったが、やがて我に返り窓ガラスをバンバン叩いて変態キジトラを追いやると、改めて外の様子を確認した。


 と、目の前でサバトラのデブ猫が四肢を広げた態勢で落下してきた。

 デブ猫はむすっとした表情でボテッと腹から着地すると、何事もなかったかのようにその場で股を広げ、うにゃうにゃ言いながらくつろぎ始めた。


 その様子を見ている間にも、三毛猫、黒猫、茶トラ、ハチワレなど、様々な猫たちが空から降ってきては、勝手気ままにうにゃうにゃしている。

 猫同士で謎の会合を開いたり、一人気ままに寝転んだり、激しい猫パンチの応酬による喧嘩をしたり、白昼堂々おっぱじめたり。



 地上の様子が猫で混沌としているのならば、空はどうだというのか。

 そういえば今日はなんだか日の光が薄い。

 根詰は猫たちで埋め尽くされた地表から一旦目線を外し、空を見上げた。




(ω)




 でっかい猫のふぐりが見えた。


 もう訳が分からないどころではないが、とにかく巨大な猫が空の上にいるというという事実だけはわかった。

 高さ的には、雲が飛ぶ高さと同じくらいだろうか。

 成程、それのせいで日が陰っているというのなら納得である。

 晴れでも雨でもない、まさに天候:猫である。

 いやどういうこと?


 そして、どうやら猫たちはその巨大猫からどんどん落下しているらしい。

 物理学の奇跡、この猫たちは雲が飛ぶ高さから落ちても緩やかに軟着陸できるらしい。

 これにはニュートンもたまらず草葉の陰からりんごを片手で粉砕して紛糾していることだろう。

 あるいはダーウィンが超進化して巨大なゴリラとなり、エンパイアステートビルに登頂して激怒のドラミングをするかもしれない。



 呆気にとられふぐりを仰ぐ根詰であったが、ふと出勤時刻が迫っていることに気付き、慌てて家を出る。


 玄関を出て0.2秒で猫に蹴躓いた。

 そして驚いた猫に「ぶみゃああお」と叫ばれた。

 これは自分が悪いのか。

 理不尽である。


 そんな根詰の後頭部に、どさっと重たいものが落ちてぶつかる。

 もふい。

 もしかしなくても猫である。

 後頭部に降りた猫はそのまま根詰を踏み台にして、近くの路地裏目指して一目散に駆けていった。


 が、その猫を見送ったのも束の間、またも天から降り注ぐ無数の猫が根詰の頭を襲う。

 ある猫はしがみつき爪を立て頭皮をひっかき、ある猫は首から服の間に侵入しようとし、ある猫は顔に張り付きふっくらとしたふぐりを見せつけた。

 ふぐりばっかりじゃねえかこの小説。




 降り注ぎまとわりつく猫たちを何とか対処しながら駅に向かった根詰だが、今度は駅の入り口に掲げられた立て看板を見て呆然とする。


「本日悪天候(猫)のため、全線終日運行を見合わせております」


 その看板を数匹の猫が囲むようにして見上げているのがなんともシュールである。

 いや、君たちのせいで電車が動かないんだけどわかっているのだろうか。


 しかし、考えてみれば当然である。

 空から猫が絶え間なく振ってくる以上、線路上は猫のたまり場になること間違いなしだし、走行中の電車に落下中の猫がぶつかる可能性も多分にある。

 バードストライクならぬキャットストライクである。

 謎単語を作るな。



 やむを得ず根詰は勤め先に電話を掛ける。

 と、しばらくつながらない状態が続いたかと思うと回線が切り替わったような音がして待たされ、ようやく電話がつながっ――。


「にゃあん」


 猫が出た。


 戸惑い慌てふためく根詰を尻目に、電話口の猫は「んなんな」とわかるようで一切わからない猫語で話しかけてくる。

 どうしていいのかわからない根詰だったが、不意に耳元に「むにっ」とした明らかにスマホの液晶ではない感覚がした。

 驚いてスマホを耳元から話すと、スマホの画面越しに猫の手がにゅっと飛び出し、こちらを探るようにしてフニフニ動いているではないか。

 そして猫はなおも「んなんな」である。


 もはやどうなっているのか、全く持って訳が分からない。

 根詰の正気がんなんなと削れる音がする。

「ん、んなんな……」

 気付けば根詰もそう口走っていた。





「ちょっと、炬燵で寝ると風邪ひくわよ」


 母親に揺り動かされて、根詰は目を覚ます。


 根詰が目を覚ましたのは、実家の炬燵の中であった。

 根詰の顔の隣では、実家で飼われている猫がんなんなと言いながらぷにっとした肉球で根詰の顔をつついている。

 根詰は正月休みで実家に帰省していたのだが、いつの間にか炬燵でうとうと眠り落ちてしまったらしい。


 まあ、そりゃそうだ。

 こんなことが現実にあり得るわけがない。


「ごめん、お母さん。お正月とはいえぐうたらし過ぎた」

 ぐぐっ、と背伸びをしながら、ふと根詰はテレビの画面を見る。

 どうやら明日の天気予報らしい。





「明日は全国的に穏やかな天気で……」


 ああ、よかった。

 普通の天気予報だ。




「日中は空を覆うハムスターのふぐりがよく見られるでしょう」





ω

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明日の天気は猫でしょう お仕事中の情シス @SE_Shigoto_Shinagara

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