私の罪を抱いて

深山心春

第1話

 私が天気を操れるとわかったのは、5歳の時。神殿に孤児として迎え入れられてからだった。

 孤児で、ボロボロの服を着ていた私は、たちまち絹の服に袖を通し、皆からかしづかれる立場になっていた。広い神殿には同い年の頃の子どももいない。私はどこか満ち足りない日々を過ごしていた。

 ある日、この国の王子がひょっこりと訪ねてきた。

「おまえ、天気を操れるって本当か?」

「はい……」

 同い年の王子の名はルカと名乗った。ルカは私を眺め回して目を細めた。

「ふうん……役に立ちそうだな。友達になってもいいぞ……名前は?」

「友達に……名前はフィアナ」

 神殿に入って以来、友達などいなかった。誰もが私に頭を下げたから。ルカは私と同じ淡い金の髪を揺らして、手を差し伸べた。

 その手を取らない理由はなかった。

 5歳にして、私は親友を手に入れた。

 神殿では雨季が続けば雨が止むように、日照りが続けば雨が降るように私は祈った。

 祈ればピタリと雨はやみ、祈れば乾いた空から雨の恵みが降ってきた。

 ルカと一緒にいたずらをしたこともある。神殿から王宮へまだ帰りたくないと言うルカのために雨を降らせた。雨で外で遊べない日には、晴れになるよう祈った。そしてふたりで子犬がじゃれて転がりまわるようにして遊んだ。

 ルカとの日々は楽しく、眩いばかりの日々だった。第1王子だというのに、ルカはどこまでも自由に思えた。

「一緒にこの国をもり立てていこうな」

 神殿に来て10年。15歳になる私とルカはそう誓った。

 この国は海を隔ててはいたが強国に狙われた国だった。天気を操ることができる私の力によって、国は安定した豊かさを見せはじめていた。食料も行き渡り、備蓄も各里できちんと行われていた。

冬の厳しかった国は、温暖な国へと変わっていった。周りの国が、飢えのないこの国を欲しがるのは当たり前のことだった。

「戦になるかもしれない」

 すっかり上背も高くなったルカがある日、私に言った。

「おまえの存在が近隣国にばれた可能性がある」

「そんな……」

 私は胸の前で腕を組んだ。ルカは屈託なく笑う。心配するな、と私の肩を叩いた。

「おまえのおかげで、国は随分と豊かになった。おめおめと負けはしないし、お前のことも必ず守る」

「ルカ……」

 戦になったら国は荒れるだろうか。

 飢饉は怖い。私はそれで両親も里の皆もなくした。神殿に拾われて天気を左右する力があると知った時、感じたのは喜びではなく、ひどい無力感と喪失感だった。

 もっと早くこの力があることをわかっていたら、母も父も、里の皆も餓死することはなかっただろう。

 だから必死で祈った。飢える人がいなくなりますように、と。天はそれに応えてくれるように、私の思い描く通りの穏やかな晴れや、しとやかな雨を降らせてくれた。

 その私が戦の火種になるとはなんという皮肉だろうか。

 私はルカの袖を握った。

「ルカ。危ないことはしないで。私はルカと一緒にいたい」

 そう伝えると、ルカの目が少し見開かれた。

「それは、友達としてか?」

「もちろん――友達として」

 そう小さな声で答えると、ルカは私の頭に手を置いた。

「大丈夫だ。俺は必ずおまえを守るよ」

 空は晴れ渡っている。色とりどりの野の花が咲き乱れ、小鳥が空を飛んでいる。

 本当は極寒の冬なのに、この国はいまは驚くほどに暖かく穏やかだ。

 私はお守りとして、私の長い髪を切り、編み上げてルカに渡した。

 ルカはそのお守りを手に少しなにかを考え込み、顔を上げると、ありがとうと笑った。

 世界はどこまでも穏やかな風が吹いていた。


 隣国が攻めてきたのはそれから間もなくのことだった。

「奇跡の子を探せ! 富を奪え!」

 私の神殿にも剣戟の音や怒号が響き渡った。私は神殿の奥で、ほかの神官に守られ震えていた。

「ルカ…!」

 扉を開けて入ってきたのはルカだった。額から血を流している。心配する私に彼はこともなげに言う。

「返り血だ。心配ない」

 彼はぐいと血を袖で拭った。

「まだ海から上陸した敵は少ない。逃げるぞ。おまえを渡すわけにはいかない」

「逃げる? どこへ?」

「さあ……敵のいないところへ」

 私の握りしめた両手が震えた。返り血だけではない。ルカが傷ついている。それに、いままで慈しんできたこの大地が悲鳴を上げている。

「ルカ」

「なんだ」

「どうか、私を、嫌いにならないでくださいね」

 そう言うと、私は跪いた。

 私は祈る。

 敵がたどり着いている東の海岸。隣国との間を隔てる白海。

(風よ荒れ狂え。雨よ、激しく降れ、すべてを無に返してしまうほど、強く――強く……!)

 脳裏に、穏やかだった風が猛り狂い、大雨が降り注ぎ、船が壊れ、海に人々がのみ込まれていく光景が映った。

 それは目を背けたくなるほど恐ろしい光景だった。何もかもが荒れ狂う海のなかに呑み込まれてゆく。死にたくない、と。お母さんと、叫ぶ少年兵の姿が見えた。それでも私は祈り続けた。

 どのくらい祈っていただろうか。どのくらい人の命を奪ったのだろうか。途方もない数の人々を私は、私の欲で殺した。

 そう――私は初めて私の欲で、天候を左右し、大勢の人を死に至らしめたのだ。


上陸していた敵兵たちは恐慌に陥った。そこをルカの部隊が側面からついて撃退する。

「進め――! 我らには奇跡の子がついている!」


 私は耳を覆った。

 私の存在が争いの火種となるならば、私こそ、海の藻屑と消えれば良かったのだ。


 やがて勝ち鬨の声が聞こえる。私はのろのろと顔を上げた。扉が開いて、ルカが飛び込んできた。

ルカは私を抱き上げると、おおらかに笑った。

「我らの勝ちだ……! フィアナ!」

「ルカ……」

 私は涙をこぼした。私の涙がはらはらと落ちて、ルカの頬を濡らした。

「なぜ、泣く……?」

「私はこの力を使ってはならない使い方をしました。大勢の人を殺しました。私は、飢餓で死んだ両親や、里のひとと同じような目にあわせたくなかっただけなのに。私さえいなければ、こんな戦いも起きなかったかもしれないのに」

ルカは静かに首を振る。

「おまえがいたから、この国は豊かになれた。この国はいつでも強国に狙われていた。たとえおまえがいなかったとしてもいずれは攻め込まれて滅亡していたかもしれない」

 ルカは私の髪で編んだお守りを取り出す。金の髪には、ところどころに赤い血が飛んでいた。

「だから――ありがとう。フィアナ」

 ルカが私を力強く抱きしめる。彼の体がわずかに震えているのを感じた。

 ああ、ルカも怖かったんだと思った。この国を失うことが怖かったのだと――。私は初めてルカを抱きしめた。まるで赤児をあやすように、その淡い金の髪を優しく撫でた。

「もう、大丈夫よ。ルカ」

 神様、どうかお赦しください。この罪深い私を。罪なら私ひとりが背負います。だから、どうか、ルカを――この国をお守りください。

「フィアナは怪我はないか」

 その問いに、私はええ、と微笑んだ。

「俺はおまえと一緒にいたい」

「それは――」

「友達としてではなく、だ」

 その言葉になんと答えて良いものかわからなかった。ルカの言葉は本心だろう。けれど、この力を持つ私を逃したくないという気持ちも本心だろうから。

 ルカが熱を帯びた初めて見る視線で私を見る。

搦め捕られる。ああ、抗えないと思った。

 私はこの先も、きっと、多くの敵国の民を殺すだろう。ルカのために。私のこの力がある限り、ルカがそばにいる限り、それは私の中で覆す事はできない。

 ルカが大切。何よりも大事だから。私は殺戮者として生きていける。

 ルカが熱で潤んだ瞳で私を見上げて答えをじっと待っていてる。

 私は、ふ、と笑って。ルカの頬に手を伸ばした。


「ええ。私も」

 私の罪が確定した瞬間を、きっと私は忘れはしないだろう。この国で私は救国の乙女として名を残すかもしれない。けれど、その裏には数多の敵兵の命が奪われていることを、少なくとも私は忘れてはならない。

 ルカが私の手に口づける。

 私には彼がいる。この上なく魅力的で私を優しく縛る彼が。けれど私の罪を私は決して忘れることはないだろう。この命と力が続く限りずっと――。(了)

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