娘は雨女
敷知遠江守
ピクニックの予定が
朝起きて雨戸を開けたら、外は雨だった。空はどんよりとした暗灰色の厚い雲。これは当分止みそうにないだろう。昨日の天気予報では曇りのち晴れだと言っていたのに、梅雨時の天気予報は本当に当てにならない。
カーテンレールに付けられたてるてる坊主が虚しく揺れている。
”母さん、今週末久々に晴れるんだって! ねえ、お弁当持ってピクニックに行こうよ!”
”良いねぇ。じゃあ、サンドイッチ作るから、車でお出かけしよっか”
週頭に娘と妻がそんな会話で盛り上がっていたのを思い出す。あの時の娘の満面の笑顔と共に。だが、何となくこうなるんじゃないかって気はしていたんだ。
思えば娘が生まれた日、土砂降りの雨の中を病院に行った。そして三歳の七五三詣でも雨だった。保育園の入園も雨だった。お遊戯会も雨。別にこの雨を娘のせいにしようというわけではないのだが、娘の行事はいつも雨なのだ。
「あらぁ、結構降ってるね。これはピクニックは中止かな」
起きて来てすぐに窓の外を見て妻は言った。残念そうというよりは、娘が起きてきた後の事を考えて、面倒な事になりそうだという顔。
「一応、雨が上がるかもしれないからさ、サンドイッチは用意してあげようよ」
「そうねぇ。でもこれだけ降ってると、たとえ上がったとしても、外で食事はちょっと難しいかもね」
「それならそれで良いじゃん。車の中で食べれば。雨の降る中、それを見ながら車で食べるのも、それはそれで良いもんだろ」
そんな話をしていると、娘が起きてきた。どうやらまだ雨が降っている事を知らないらしく、ピクニックに行けると思って寝起きだというに非常に足取りが軽い。だがすぐに、窓の外の光景が嫌でも目に入る。
寝起きとは思えない笑顔から悲しみの顔への落差が凄い。痛々しくてちょっと見ていられない。
「なんで……なんで雨降ってるの? どうして? てるてる坊主も作ったのに、なんで?」
早くも両目から雫がぽたぽたと溢れて零れてしまっている。思わず妻の顔を見てしまう。妻が眉を寄せ、やるせないという顔をして娘の頭を撫でる。そんな妻に抱き付いて、娘は本格的に泣いてしまった。
「どうしていつも雨が降るの? もう嫌!」
気持ちが痛いほどわかるだけに、見ていられなくなり背を向けてしまった。泣きじゃくる娘に妻は「今日は予定を変更してドライブにしようってお父さんが言ってるよ」と慰める。だが娘は「もう嫌だ、行かない」と首をぶんぶん横に振って駄々をこねている。
可哀そうに、きっとこの先、この娘は幾度と無くこんな思いをするのだろう。その都度、また雨だと気分を落ち込ませるのだろう。
そうならないように、ここで一度、娘には雨だって良いものだっていうのを体感してもらうのが良いだろう。問題はどうやってだが、屋内よりはやはり屋外が良いだろう。
元々、今日の昼食はサンドイッチにするつもりだったようで、妻は朝食を作りながら、せっせとパンにマーガリンを塗っている。娘は膝を抱えて拗ねたまま。そして俺は、携帯電話のアプリで雨雲レーダーを確認中。どうやら昼過ぎには雨は上がるらしい。
「どこに行くか決まった?」
朝食を運びながら妻が娘に聞こえるように声をかけてきた。
「ああ。良い所を見つけたよ。楽しみにしていてよ」
すると妻はわざわざ娘に「父さんがこう言ってるよ」と声をかけた。それでも、娘は拗ねて顔を伏せたまま。
だが、空腹には勝てないらしく、朝食の匂いに負けて拗ねながらも食事を食べ始めた。
その後も娘は拗ね続けたのだが、妻が嬉しそうに「行かないなら置いてくからね」と声をかけると、渋々パジャマを着替えた。
「ねえ、どこに行くの?」
「秘密!」
助手席の妻とそんな会話を交わすのだが、娘は完全に不貞腐れて後部座席で横になっている。
車はひたすら雨で煙るバイパスをひた走っている。暴走のような速度の車に抜かされるが、こちらは濡れた路面を考えて安全運転。
二時間ほど走ったところでコンビニの駐車場に入ってトイレ休憩。飲み物を買って、また走り始める。娘はといえば、泣き疲れて寝てしまっている。
「なんでこの娘はいつも雨なんだろうね。ほんと可哀そう」
「きっと雨女ってやつなんだろうな。だけど、雨だからっていちいち落ち込んでたら、これからイベントの度につまらない思い出しか残らなくなっちゃうじゃん。だから、雨でも素敵な事があるって教えてあげたいんだよね」
バックミラーに映る娘は完全にしょげた顔でぐっすり眠ってしまっている。フロントガラスに落ちる雨粒はすっかり小さくなってきている。
海の見える駐車場に車を停めて、潮騒を聞きながら昼食を取る事にした。娘も空腹を覚えたのか、少し前から起きている。
すでに雨は上がっており、窓からザアザアという心地よい波の音だけが聞こえてくる。
「海を見ながらサンドイッチなんて、素敵な事を考えるわね。また来ても良いかもね。ちょっと気に入ったかも」
「ここはお昼を食べに来ただけだよ。この娘に見せたいのは別の場所だよ」
無言でサンドイッチを齧りながら、娘が首を傾げた。そんな娘とバックミラー越しに目が合う。このどこかしょげた顔が朝の満面の笑みに変わる。その瞬間が今から楽しみだ。
昼食を食べ終えると、また車を走らせ始めた。
もうすっかり雨は上がっており、時折雲の切れ間から光が差して来ている。これだ。これを待っていたんだ。
一本道の先、まだかなり距離はあるのだが目的地が姿を現した。道の先が黄金に輝いて見える。
「えっ? 何、あれ? もしかして、見せたいものってあれ?」
妻にも目的のものが見えたようで、少し興奮気味に上半身を前のめりにしている。そんな妻を見て、娘が「何? 何?」とシートの間から顔を出す。だが背の関係で見えないらしい。
「そうだよ。きっとびっくりすると思うよ」
有料駐車場に車を停めると、妻と娘は我先にと車を飛び出して行った。
黄金に輝いていたもの、それは一面の菜の花であった。最初は菜種油を取るために大量に栽培していたらしい。だが、いつしかこの黄金に輝く風景から観光名所になり始めたのだそうだ。
雨に濡れて、そこに雲間から光が差し、キラキラと輝く畑を前に、娘は棒立ちになってしまっている。
「綺麗……」
「こうやってね、雨に濡れる事で綺麗に輝く景色ってのもあるんだよ。だから、雨が降ってるからって、簡単にしょげるんじゃないよ」
叱られたと感じたのか、娘は項垂れてしまった。菜の花畑の写真を撮りまくって興奮している妻の元に向かおうと、一歩踏み出した俺の指を、娘がぎゅっと握った。
「父さんありがとう……」
そろそろ、こういう御礼を言うのが恥ずかしくなってくる年頃なのだろう。顔を背け口をとがらせている。
「どういたしまして」
娘は雨女 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu
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