第2話

 ある日群れの全員が仙桃の木の前に呼び出され、郷の長老が値踏みをするように自分達をじっと眺めた。

 居心地の悪さに身じろぎをすると辺りを飛んでいた小さな虫が女に止まった。

「今回の桃は成った時点ですでに蟲喰いが産まれていた。一つはこの郷をから逃げ去ったが、まだもう一つ残っていたようだ」

 そう言って長老が女の腕を引いた。

「お前はすでに穢れにつかれている。我々の糧となる桃には成り得ない。だが、蟲に喰われた桃にもちゃんと大切な役目がある。誇るが良い」

 女は郷人に押さえつけられて口の中に蠢く何かを大量に入れられて長老の呪術の糸で口を縫い込められた。

「お前の中に入れたのは桃につく蟲だ。それらはお前を糧にし、この結界の中の澱をあつめながら、蠱毒をなして育っていく」

 長老の説明と村の有り様を照らし、女は唐突に気づいた。

 仙桃から産まれた自分達の上の世代はいない。年齢の分からぬ長老を含めた郷人と、きょうだい達しかこの村にはいなかった。

 自分達は人によく似ているが、彼らにとっては糧……不老で生きるための血肉に過ぎないと悟ってしまった。

 だから個性を出してはいけないのだ。それはこの閉ざされた結界の中で不老不死をなすための呪術で、彼らの糧とならない桃には蟲がつくのだろう。彼のように、そして、自分のように。

「門を開き、桃の香で人を呼び寄せよ」

 郷人に長老は命じて女に言った。

「お前は金蚕を孕んだ呪物となる。この桃源郷を訪れた稀人と祝言をあげて郷を出される。郷で湧いて澱となった穢れと共にな」

 だが、その声は女の耳に届かなかった。

 柔らかい舌を蟲に喰まれる痛みと身体の中を這い回るそれらの蠢く音が恐怖と苦痛となって女を苛んでいた。

 女は口を開けようと唇を掻きむしるが、固く閉じられたそこを決して開けることはできなかった。

 口を開くことができればこの郷に呪いをなすことができるのに。


 新鮮な絶望と苦痛を身体の裡から絶えず与えるたくさんの蟲が、やっと食い合いを始め数が減りはじめた頃、この郷の者ではない男が迷い込んできた。

 郷を出されれば呪術は成り、この郷は元の静謐をとりもどし、女は金蚕の蠱毒になる。

 郷人は男を言葉巧みに説き伏せて、女との祝言をあげさせた。村をあげての祝いをおこなった末に女は男と一つ閨の中に閉じ込められた。

 契りを交わし、男の精を受け取ると、それを求めて、最後の一匹へ蠱毒が進み女は金蚕蠱を孕むのだ。

 面布を男は持ち上げて、痛ましげに首を振った。

 そこをなんとか開けようと掻きむしった指の跡が消えない傷となって女の美しかった口元を醜くひしゃげさせていた。

 このまま一夜をなし、この男と共に外に出されて、自分は関係のない外界に呪いを振り撒く存在になるのかと女の眦から涙がこぼれ落ちる。

 だが、男の人差し指と中指が女の唇をなぞった瞬間、衝撃が走った。

 硬く結ばれた口が開いた。

 外への出口ができた瞬間、女の体内から蟲が這い出、あるいは飛び立ち、黒い穢れと共に二人のいる建物を侵食して溶かし、村へと拡がっていった。

「あ……ああ」

 女は嗚咽を漏らした。

 この稀人のおかげで、外界に災いをもたらさずにすんだ。

 そして心の底から望んでいたこの村に災いをもたらすことが叶った。

「ここにいると俺たちも喰われてしまう。外に行こう」

 男に手を引かれて外界との境になる崖の上に来た女は眼下に広がる郷の終焉をその目に焼き付けた。

 郷を囲う仙桃の木々は乾いて朽ち、幹を食い破って湧き出した蟲が次々と羽化して硬い翅を持つ血の色の蝶へと変じ、鈍色に垂れ込めた曇天の下を火の粉のように舞っている。

 それは悍ましくも美しい光景だった。

 自分の体内で起こっていたのと同じ事が郷を囲う木々でそして郷の中心の仙桃の古木で起こっていた。

「なぜ泣く」

 女はそれを説明したかったが、蟲に喰われた舌は言葉を紡げなかった。

「———」

 嬉しいのだ。この悍ましい郷が滅びるのが。

 祝いたいのだ。自分達の犠牲の上で不老を享受していた彼らの術の要が自分のように蟲に喰われてぼろぼろになって喪われていくのが。

 見た目だけの穏やかさと偽りの美しさを誇る郷が、その実態に相応しく醜く腐り落ちるのが心地よいのだ。

 そして、あの時外れていった少年がこうしてこの郷に戻り、自分を助け出してくれたのが嬉しいのだ。

 だから喜びの涙を流しているのだ。

 だが言葉を紡ぐ事はできず、意味を成せない嗚咽が女の故郷である閉ざされた世界に響き渡った。

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桃源郷の蟲 オリーゼ @olizet

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