桃源郷の蟲

オリーゼ

第1話

 郷を囲う仙桃の木々は乾いて朽ち、幹を食い破って湧き出した蟲が次々と羽化して硬い翅を持つ血の色の蝶へと変じ、鈍色に垂れ込めた曇天の下を火の粉のように舞っている。

 それは悍ましくも美しい光景だった。

 郷と外界の境である崖の上からそれを見下ろし、男は女の腰を抱き寄せた。

「あれらが郷をすべて喰らい尽くしたら、何もかも全て跡形もなく燃やし尽くそう」

 陶然とした声で男は女の故郷を燃やすと宣言し、肩ごしに抱きしめる。

 その身を花嫁装束で覆い、艶やかな髪は黒檀のよう。

 面布で鼻から下は覆われていたが、その上からでもわかるすらりと通った鼻筋と分かる。

 そして、全てを魅了する桃花眼。

 だがその美しい瞳は昏い翳を帯びて食い入るように眼下を見つめて男を一瞥たりともしない。

「あ……っお゛あ」

 その眼差しにはそぐわない醜い声を女は上げて、桃花眼からはらはらと涙を散らした。

「なぜ泣く」

「———」

 男の問いに言葉にならない嗚咽が、女の故郷である閉ざされた世界に響き渡った。



 女が産まれたのは外界からは桃源郷と呼ばれる理想郷だった。

 誰も老いず、桃の花は常に煙るように咲き、人々は不思議の技を使って満ち足りた日々をすごしていた。

 子供も普通に成すのではなく、郷の中心にある仙桃の実から何人もの子が産まれる。

 同じ服装に同じ髪型。共に学び、共に遊び、並んで桃を食べ、同一の存在として、群の中の一、一の中の群として育てられる。

「おかしいと思うんだ」

「なにが?」

「みんな一緒の格好で同じことをさせられる。違う顔なのに、違う個性なのに同じになるように育てられる。私達は性別だって違うのに」

 ある日、何も疑問を感じていなかった少女に鏡写しの見た目の少年が問いかけた。

「それをおかしいと思うのがおかしい」

「そうかな……」

 それきりその話は終わったが、少年はほんの少しづつ皆からずれ、群れから外れて、ある日とうとう姿を消した。

 大人達がひそひそと少年について話すことに聞き耳を立て、桃の入った箱から一つ抜けた程度といった他のきょうだい達を見て、いつのまにか自分も姿を消した彼と同じく群れから外れてしまったと自覚した。

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