第2話

   


 「変な幻聴もどき」に、昔から悩まされていて、そのせいで閉じこもったり、ニート生活していて、それでも忍耐強く試行錯誤しているうちに、だんだんに周囲の方の助力もあり、氷が溶けるような感じに?改善してきた。


 感謝の一語です。


 島崎藤村の、だから昔の小説だが、叙述の一節に「私の人生は”破船”の一語に尽きる。これまでのことを振り替えると、”よく私のようなものがここまで生きてこれたものだ”と感慨深い。」というような意味の文があった。


 藤村さんの小説はあまり詳しくないですが、シリアスでリリカル、という印象です。

 「初恋」という詩の、「まだあげそめし前髪の 林檎のもとに見えし時 前にさしたる花櫛の 花ある君と思いけむ」という書き出しはあまりに有名。


 これは「若菜集」という処女詩集。 ちょっと調べると、「明治の文学の黎明期のロマン主義の代表的な詩集で、擬古文の七五調の平易な表現で青春の愛や苦悩が語られて、後世に影響を及ぼした」そうです。


 つまり、江戸時代にはこういう雰囲気の恋愛詩というのは無さそうで、で、新しい時代の象徴のようにもてはやされた? のかも。


 「夜明け前」というのも象徴的なタイトルで、有名。 未読やが、「木曽路はすべて山の中である。」という書き出しは知ってた。

 「春」という小説も、漫然と読んで、「青春群像」とだけ思ったのを記憶ある。


 だからこの人は富士山の測候所で働いていたり、なんとなく人物が峻厳、というイメージで、そういうコワモテな感じが? 昔風でいい、のかも。


 青春群像、という話は割と多くて、テレビの青春ドラマにもよくある。

 恋愛の前段階にグループ交際をするという、それは普遍的かも。

 アメリカの青春ドラマにもある。


 「アメリカングラフィティ」なんていうのは青春群像でした…やたらに明るい、現代文明の明朗な部分というか、そういえば、高校2年のときに米西海岸に、高校生10人でパック旅行に行ったことありました。


 で、明るい雰囲気の、ロサンゼルスのハイスクールに親善訪問させてもらったりした。女子高だったので? かわいいアドレサンスの金髪JKと友人になれたりしました。 これは説明すると長いから端折るが、やはり青春期のそういうにぎやかな明朗闊達さにはコンプレックスとないまぜの郷愁がある。


 

  

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1月6日の人声天語(第二部) 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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