マリとマリン 2in1 艶
@tumarun
第1話 見返り美人
秋まで鬱蒼と茂っていた広葉樹の葉もすっかり落ち、枝だけが天を目指して伸びている。そんな街路樹がいくつも並ぶ大学内の通路の傍に日向翔は立っていた。
スマホの画面を見ていたと思えば、顔を起こし周りをキョロキョロと見渡したりしている。
「茉琳も、酷いじゃないか。人を呼び出しといて。どっか行っちゃてるし」
一人、ブツブツと不満を漏らしていた。すると、
「もし。もしもし」
ビクン
いきなり、背後から声をかけられて、翔は肩を振るわせる。しかし、記憶にある声だとわかり、振り返った。
「茉琳! いつ……、まで…、ま………」
待ち人の茉琳が来たと思い、声を荒げたのはいいものの、次第に尻切れトンボになってしまった。翔の前には晴れ着を着ている見知らぬ女性が立っていた。
彼女は驚きに大きな目をこれでもかと開いてしまっている。
「ごめん。人違いでした」
翔の相方の茉琳は髪をブリーチして黄色に染めていた。最近は染めも剥げ地毛の部分がかなり広がっている。
しかし、振り返った先に立つ女性の髪は黒。艶やかに光る髪は結い上げられ、真っ白な花、蝶の形を模した水引と金箔等で飾られている。
肩にはふっくらと膨らむフォックス・ファー・ショールを羽織り、その下に見えるのは目にも鮮やかで色とりどりの花が織り込まれた金色の帯。
その下から見える輝く漆黒の生地にも桜、菊、牡丹の花が所狭しと咲き乱れている。
あなた以外,誰にも染まりませんと言う意思を示す黒が凛とした黒振袖の世界を描き出している。その美に翔の息が一瞬,止まる。
数刻の後、
「すいません。俺の知る人の声に凄く似ていたものでしたから」
「はぁ。驚かさないでくださいまし。心の臓が止まるかと思いましたよ」
「申し訳なかったです」
「ふふふ。もう、大丈夫ですわ。ところで、驚かせついでに教えてくださいませ。お知り合いの方って彼女さんで、あります?」
マットに仕上げられた肌の上に艶やか紅で塗られた唇が弧を描く。ブラウン系のアイシャドウ。
それにくっきりと飾られたまつ毛。目尻を切長なアイラインで描かれた蠱惑的な眼が翔を見つめる。
「いっ⁉︎」
突然のあまりな質問に翔は、絶句する。しかし、頬が真っ赤に染まった。
「不躾な質問でしたね。ごめん遊ばせ」
コロコロと彼女は笑う。
「でも、その赤く染まったお顔がお返事ですね。ご馳走様」
「全く、酷いなあ。いきなり、そんな質問なんて」
「驚かされた仕返しです。それぐらい宜しいでしょう」
「………」
「絶句ついでに教えてくださいまし。大講堂はどちらにいけばよろしいのでしょうか。不慣れで道に迷ったようなのです」
「もう、人を弄ばないで下さい。大講堂なら、この道じゃないです。この道の,少し戻ったところにある小道に入ればいいですよ。近道です」
「ありがとうございます」
「ところで大講堂で何かあるんですか。そんな綺麗な晴れ着を着て」
「それはですね。今日は20歳の集いがあるんです」
「成人式ですか」
「はい」
この大学のある地域には大人数が集められる施設が無く。大学側で地域貢献という形でで成人式に場所を提供していた。
「では、教えて頂きありがとうございます」
彼女は,そう翔に告げ、頭を下げると振り返り通路を戻って行った。
しかし、数歩も行かないうちに振り返った。振り返った時の後ろ姿、特に結い上げられた髪の下、後毛のある頸に見惚れていた翔と目があう。
彼女の晴れ着の結び帯の飾られた後ろ姿の艶やかさに翔は言葉が詰まる。
「もし? もしもし」
「はひっ」
翔を見つめる彼女の流し目の艶っぽさに翔の頬は紅潮する。
「つかぬことをお聞きしますが,私が誰か、わかりませんか?」
「えっ⁈」
ククク
翔の疑惑の目を見て、彼女は手で口元を隠してクツクツと笑う。
「かっ、揶揄わないでください。貴女は俺と会った時があるんですか?」
「ああ,可笑し。いつも顔を突き合わせておりますのに」
「えっ?」
翔は花が開くように笑って、
「カーケール! ウチよ、ウチなし。茉琳でぇす」
「えっ!」
「わからなかったえ」
「俺の知る茉琳は髪を黄色に染めてて」
「晴れ着に合わせて染め直したなり」
「えっ? えっ? で、成人式? 茉琳がぁ?」
「ウチは翔と一つしか違わないえ。幾歳と思ったなり?」
「もっと上かと」
「酷いなっし。ウチ、オバンじゃないなりよ」
「で、でもよぉ」
徐に茉琳は翔の前でくるりと体を回した。
「ところで翔。何か言うことないかえ」
「え、?」
「今日のウチを見て」
「茉琳を?」
「そうえ」
「うん。綺麗だ。とっても綺麗だよ。どこの美人かと思ったよ」
「ウチが美人?」
「うん」
「ホンマに?」
「うん」
「本気で?」
「何度も言わせるなよ。今の茉琳は綺麗だよ。どこから見ても美人さんだよ。あ〜、恥ずかしいこと言わせるなよな」
翔は恥ずかしさに指で赤いままの頬を掻き、そっぽを向いてしまう。
「やったあ。やったなし! 翔がウチのこと別嬪さんやて言ってくれたなり」
晴れ着を着ているのに関わらず、茉琳は、その場で飛び跳ね出してしまう。
「茉琳。だめだよ。着物でジャンプするなんて、転んだって知らないよ」
飛び跳ねる茉琳を心配して翔はオロオロとしてしまう。
茉琳は、構わず跳ね続ける。しかし、
「だいじょぶなりぃ。だって翔が………」
いきなり言葉が途切れると彼女いきなり動きが止まってしまった。勢いは止まらず翔に向かって倒れ込んでいく。膝からも力が抜けて倒れ落ちそうになる。
笑っていた彼女の表情がなくなり、視線がぼやけ惚けたようになった顔が翔に迫った。
「危ない」
翔は彼女が倒れ落ちないように抱きしめた。
(重い)
茉琳に聞かせられない言葉を口の中に留めて。
茉琳は、一酸化炭素中毒になった前歴があり、突然、意識を失ってしまうという後遺症をもっている。
暫くして、
カハッ
彼女は息を吐き出し意識が戻る。茉琳は翔の腕の中で身じろぎをして、
「かっ、翔。ウチ、ウチ、また……」
「大丈夫。転んではいないよ」
「翔」
「はしゃぎ過ぎ。気をつけないとだめだよ」
「ごめんなっし」
「倒れなくてよかったよ。折角の晴れ着が台無しになるところだったよ」
「そうなりな。ありがとうえ。翔」
「どういたしまして。ところで茉琳」
翔は体を少し離して距離を取り、茉琳の晴れ着姿を上から下までじっくりと見た後、
「そんな良い着物初めて見たよ。持ってたんだね」
「これ? これは二十歳のお祝いなり。親が送ってくれたえ。成人式に着て出なさいって言われたなし」
茉琳は袖口を指で摘み、翔に広げて見せた。
袖に描かれた幾重もの花。帯に咲き乱れる花。裾の漆黒の園に幾重にも咲き誇る花々に見惚れてしまう。
「そうなんだ。凄いな」
「でしょ。あはっ」
「お父さんとお母さんに感謝しないとね」
「そうなりな」
「で、茉琳。もう歩いても大丈夫そう? だめならマンションまで送るけど」
「ううん、もう大丈夫なり。歩けるなしな。折角、晴れ着来たなり。楽しまなきゃいかんなし」
「無理してない?」
「だいじょぶ、大丈夫。大丈夫なし」
「それならいいけどね」
茉琳は徐に翔に擦り寄っていく。
「でね。翔ぅ」
「何?」
彼女は翔に潜り込む様に擦り寄り、彼の胸に顔を埋める。
「まっ、茉琳さん⁉︎」
茉琳は顔をあげ上目使いに翔を仰ぎ見た。
「いつも、ありがとうえ。翔のおかげでウチはウチでいられるなし。これからも一緒にいてなり」
「おう」
翔は茉琳の甘えるような、縋るような目にドギマギしながらうなづく。
「よかったなり」
茉琳は、にっこりと笑い、翔の手を取りながら体を離し、
「じゃあ、翔、行こか。大講堂までウチを連れってなり。エスコート、エスコートなし」
「はい、はい」
茉琳は幸せいっぱいの表情で彼の手を引っ張り小道を歩いていった。
ウフフ
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