第3話 さよなら

◇◆◇


ドンッ!!


それは、衝撃と呼ぶにはあまりにも粗暴で、

事故と呼ぶには、あまりにも一方的だった。


背後から、

トラックが突っ込んできた。


ブレーキ音は、なかった。

クラクションも、叫び声も。


ただ、

世界が裏返るような衝撃だけがあった。


身体が宙を舞う。


重力という概念が、一瞬だけ意味を失う。

視界が回転し、

夜空とアスファルトが入れ替わる。


次の瞬間、

骨が砕ける感覚が、遅れてやってきた。


音は、なかった。

あるのは、

内部で何かが壊れる、嫌な確信だけ。


肺から空気が押し出され、

声にならない息が漏れる。


アスファルトに転がりながら、

佐倉は、奇妙なほど冷静だった。


痛みは、確かにある。

だが、それ以上に――


「ああ……」


脳裏に、

ひとつの答えが、すとんと落ちてきた。


「……そうか」


彼の人生は、

良くなったわけじゃない。


ただ――

拡大されただけだった。


幸運も。

暴力も。

金も。

ツキも。

事故も。


良いことも、悪いことも。


山も、谷も、

最初からそこにあったものが、

ただ、異常な倍率で引き伸ばされただけ。


幸福と不幸は、もともと表裏一体だ。


成功の裏には、必ず反動があり、

幸運の影には、同じだけの歪みが溜まる。


それを、

無理やり100倍にした。


「人生を100倍に」


あの胡散臭いコピーは、

嘘じゃなかった。


誇張でも、詐欺でもなかった。


ただ――

説明不足だっただけだ。


遠ざかる意識の中で、

佐倉は、薄く笑った。


自嘲とも、納得ともつかない笑み。


「……俺だけ、絶対100倍マン、か」


冴えない男に、

やけに派手な称号だと思った。


視界が、暗くなる。


音が、遠ざかる。


その最後に――

妙に鮮明に思い出したのは。


あのサプリの、

不自然なほど甘い味だった。


舌の奥に残る、

安っぽくて、後を引く甘さ。


まるで――

この人生そのものみたいに。


――さよなら。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺だけ絶対100倍マン αβーアルファベーター @alphado

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画