第2話 廊下のざわめき

 放課後。校舎三階、音楽準備室の隣。ここが、私たち合唱部の部室になっている。

 部員は合わせて15人ほどだ。人数は少ないけれど、みんなすごく真剣に歌と向き合ってくれる。部長として私はそれが、すごくうれしい。


「じゃあ、今日から始まった文化祭でやる3曲目、明日も引き続き音取りして明後日にはパート練に入れるようにしましょう」


 部活の最後に連絡をして、終わりのあいさつをした。


 合唱部の活動は月曜から木曜の毎週4日間。

 夏休みの活動がほとんどない中、10月初めにある文化祭に向けて3曲仕上げなければならない。

 引退するのは、まだまだ先ということだ。


「あの、先輩」


 みんながぞろぞろと帰っていくところで、1人の後輩が私に話しかけてきた。

 耳のあたりの位置でふわふわのサイドテールを結っている、可愛らしい雰囲気の女の子。

 私の一つ下、中学2年生の結城ゆうきさくらちゃんだった。


「どうしたの?」

「これ、日誌です。次、先輩の番なので」

「ああ、そうだっけ。ありがとう」


 私は、大きめな手帳サイズのノートを受け取った。

 うちの部では、1年生から順番に活動記録の日誌を書くことになっている。

 合唱部の3年生は私しかいないから、2年のさくらちゃんの次に書くこととなっていた。


 すると、さくらちゃんは少しだけ俯いた。

 あれ、なにかあったのかな? と思っていたら。


「……弥生先輩は高校生になっても合唱、続けますか?」

「え? うん。続けるつもりだけど……」


 予想外の質問に驚きながらも、私は答える。


「……この辺で合唱部があるのって、等花とうか高校くらいじゃないですか。わたし、諸事情で等花高校は進学できるかわからなくて。合唱、高校でもやりたいんですけどね」


 確かにその通り、このあたりに住んでる普通の高校生が通える範囲ってなると、合唱部がある学校は等花高校しかない。

 合唱部が設置されている高校はそう多くないからなあ。


「うーん、学校でやることにこだわらないなら、地域の合唱団に入るとかはありかも。たしか常時募集をしていた気がするよ」


 私自身もそういった合唱団への入団を考えていた時期もあったから、少しでも情報として助けになれたらとアドバイス……ほどではないかもだけど。

 さくらちゃんは一瞬眉間にしわを寄せた後、顔を上げた。


「……ちょっと、考えてみます。まあ、等花高校に通えるのが一番いいんですけど……無理な以上は、できる範囲で策を練らないとです。ありがとうございます、弥生先輩」

「うん、じゃあ、お疲れさま」

「はい。家で今日やったパート練習しておきますねっ」


 そう言って、さくらちゃんは部室を後にしていった。


 さて、私も帰らないと。

 荷物の整理をして、部室を出る。


 目の前の窓が少し空いていて、そこからグラウンドにいる運動部の掛け声が聞こえてきた。

 時刻は午後17時過ぎ。夏は日が長いから、遅くまで活動している部活も多くあるのだろう。


 強い西日がまぶしくて、私は左手で日よけを作って廊下を歩いていく。

 部室のカギを返したら、今日の部活も終了だ。


 1階に降りて、職員室へと向かう。

 校舎にはもうほとんど人が残っていないらしく、静かな空間から小さな音が聞こえてきそうだった。私はそれを、空気が動く音だと思っている。



 ここはいつものように賑やかだなあと思いながら、職員室で私はカギを返却。

 あいさつをしてから扉を閉めて下駄箱に向かおうとする。そのときだった。


「あ……」


 今、私が立っている場所から教室1つ分ほどの距離。そこには、理央くんと……見覚えのある女の子が楽しそうに話していた。

 理央くんは、こちらに背を向けているから私に気づいていない。

 びっくりして立ち止まってしまい、その光景を無意識にじっと見てしまう。


 あの女の子は確か、2年の女バスの子だ。

 直接話したことはないけれど、彼女が入学した当初から美少女だってクラスの男の子たちが話題にしていたからなんとなく名前とその姿は知っていた。

 名前は、たしか————。


「南山先輩、どうかしましたか」


 後ろから、聞きなれない声で名前を呼ばれる。

 振り返ると、そこには女の子が立っていた。

 さらさらのショートボブに、すらっとした手足。



「あっ、真由帆まゆほちゃん」


 話しかけてきたのは、麻里花ちゃんの2年の妹さん、真由帆ちゃんだった。

 去年の委員会で交流があって、仲のいい先輩後輩とまではいかないけど会えば話すような仲ではある。


「あー……」


 真由帆ちゃんは、私の視線をこの一瞬で察したみたいだ。


「南山先輩って玲来れいらと面識ないです……よね? どうします、私が代わりに北海先輩呼んできましょうか」

「あっ、ううんいいの。大丈夫、ありがとう」

「ならよかったです。じゃ、また」



 さらりとした空気を残して、真由帆ちゃんはクールに去っていった。


 私も、下駄箱へ向かう。

 よかった。目的地には理央くんたちの前を通らなくても行ける。


 理央くんと話していた女の子は、中川なかがわ玲来れいらちゃん。

 そして彼女と同じ部活に所属している、真由帆ちゃん。

 3人の間には、バスケ部という共通点があったわけだ。


 バスケ部は男子と女子で分かれているけれど、互いにどのくらい交流なんかがあるかは知らない。

 もしかしたら、それなりに親しい関係なのかもしれないなあ。




 ……あそこで立ち止まってしまった理由も、自分でもいくつあるかわからない感情が入り混じって胸の奥がもやりとした理由も、私はずっと前からわかっているんだ。


 認めてしまったのは、小学校高学年のとき。

 気づいて、受け入れるのはとても簡単。だけどそれを伝えることは、どんな言葉をもってしても説明できないくらいに難しい。


 ただ勇気がないと言われれば、それまでなのかもしれない。

 私が……世間一般からしたら幼なじみかと言えるかわからないこの不思議な関係に、甘え続けているだけなんだと。



 ローファーに履き替えて、校舎の外に出た。

 とたん、夕方が演出する真夏の太陽の光を、一身に浴びる。


 ———私は、君が持つ優しさの王子様だから。

 気持ちを伝えることなんて……できない。

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甘いセロリの王子様 桜田実里 @sakuradaminori0223

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