甘いセロリの王子様
桜田実里
第1話 私という存在は
雨が降った次の日の朝は、草木の香りが強い。
つんとした匂いが鼻を刺す。
玄関のドアを閉めて、ふうと深呼吸した。
「……よし」
気合、十分っ。
学校指定の布製リュックを背負い直し、私は歩き始める。
私———
南橋中学の制服は、紺色のブレザー、群青色をしたチェックのスカートとリボンタイ。今は夏服だから、白いワイシャツに冬服と同じ柄のスカートだ。
……もう今年でお別れなんて、ちょっと寂しいな。
水たまりをよけながら、道を進んでいく。
ピンク色のリボンで高い位置に結んだサイドテールが、ふわりと揺れた。
7月上旬、しっとりとした熱風が隣を横切る。
最近は朝から、暑い日ばかり続いているなあ。
「あ」
角を曲がった先で、見覚えのある背中を発見。
走るのはちょっと恥ずかしいから、早歩きをしてだんだんと近づいていく。
私よりも頭半分高い身長。すぐ目の前まで来て、その肩をぽんと軽く叩いた。
「おはよう、
「わ、おはよう」
振り返って、長い前髪から覗く瞳と視線が合う。
理央くん————
同じ南橋中に通っていて部活は男子バスケ部に入っているんだけど、運動はあんまり好きじゃないのだと。持久走大会とか、毎年すごく嫌そうな顔をして参加していたし。
「今日もすっごく暑いね~」
「な、太陽まぶしい……」
空を見上げながら目を細める理央くんを、私はちらっと見た。
家から中学までは、約15分程度かかる。
昔通っていた小学校の隣にあるから、この通学路を歩くのは今年で9年目、慣れたものだ。
たわいもない話をしながら学校に向かっていると、あっという間に校門まで着いてしまった。
「じゃあまた、弥生ちゃん」
「うん、朝練頑張ってね~」
私は、体育館へ向かう理央くんの背中を見送る。
理央くんとは幼なじみだけど、学校ではあんまり話さない。というか、ほぼ話したことなんてないかも。
低学年の頃は一緒にいる時間も多かったけど、成長していくうちにだんだんと距離が離れていってしまった。
まあ、しかたないよね。男女だし、幼なじみだからって相手のずっと近くにいなきゃいけないなんてルールはない。
それを少し寂しく思ってしまっているのは……きっと、私だけなんだろうな。
でもいいんだ。私の気持ちを伝えたら、理央くんは困ってしまうだろうから。
「あ、おはよう、弥生」
後ろから話しかけられて、振り向くと。
「おはよう、
クラスメイトで友達の、
私よりも少しだけ身長が高くて、長い髪を三つ編みのハーフアップにしている。
「あんた、なんでこんなところで立ち止まってるの。てか登校早いね。合唱部も今日朝練?」
「ううん、ちょっと部室の掃除をしようと思って。最近少し汚れてきたし。奈央ちゃんは部活?」
二人並んで、昇降口へ歩いていく。
「あたしは今日、日直だからさ。仕事よ」
「あっ、そういえば昨日話してたね~」
奈央ちゃんとは、3年生に上がってから初めてお話した友達。
自分の意見を持っていて、それをはっきり言えるとてもかっこいい子なんだ。
だけどそれ故、誤解はされやすいかもしれないけど……なら私が、奈央ちゃんのために出来ることはしたいなと思ってる。頼りになれるようにって。
校舎に入ってから、日直の仕事で職員室に用があるという奈央ちゃんと別れて教室に向かう。
朝の早い学校は、とても静かだ。
爽やかな空気が窓の外から入ってくる。と言っても、やっぱりちょっと熱いかな。
教室に荷物を置いて、私は部室へ。
しばらく掃除していなかったから、埃がたまっていると思う。終わらなかったら、また明日の朝掃除しに来よう。
なんて考えていると。
「あっ、弥生ちゃーんっ」
「わっ、どうしたの麻里花ちゃん」
すごい勢いで、隣のクラスの
なにがあったんだろうか。
「実は今日数学の教科書忘れちゃって……! あの先生超絶怖いじゃんっ!! 忘れたなんて言ったら殺されるかも……!! だから弥生ちゃんにお願いがあります! どうかこのバカ野郎に教科書を貸していただけませんでしょうか!!」
「えちょっと、顔上げて~っ!」
そしたら麻里花ちゃんが土下座をし始めたので、慌てて起き上がらせた。
び、びっくりした……朝だから誰もいないとはいえここ学校の廊下だから、土下座はまずいんじゃないかなあ……。
「2組って数学何時間目?」
「さ、3時間目っ!」
「私で良ければ貸すね。たしか1組の数学は午後だから、お昼休みに返してくれればいいよ~。今、持ってくるね」
「私もついていきます!!」
もう一度教室へ行って、かばんから数学の教科書を取り出す。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……!! でも、本当にいいの? 予習とかに使ったりしない?」
今度は心配そうな顔で尋ねてくる麻里花ちゃん。
さっきまで泣きそうな顔をしていたのに……表情がころころ変わってとってもかわいい。
「数学は昨日の夜やったから大丈夫だよ。気にしないで~」
「ほんと? では、お言葉に甘えて借りさせていただきます! ありがとう~っ!!」
「うん、じゃあね~」
今度なにかお礼させて! と元気な声でそう言った麻里花ちゃんは、教室を出ていった。
誰かの役に立ったり、頼られたりするのって、すごくうれしい。
私は空になった教室を一度だけ振り返った。
まるでそこへ、誰もいないことを確かめるように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます