祝いの家

Akira Clementi

第1話

 これは、俺が大学生になって間もない頃からの話だ。


 夏休みのある日、俺は大学で知り合った友人のH、それからサークルのY先輩と共に肝試しに行くことになった。俺の地元に「呪いの家」とそれはそれはストレートな名前で呼ばれている廃墟があると話したら、大学生のお馬鹿なノリで行くことになってしまったのだ。


 Y先輩が運転する軽に、案内役の俺が助手席、Hが後部座席という位置取りで乗ってさっそく夜中に出発した。


 俺の地元といっても、場所はそんなに離れていない。すぐ隣の市だ。

 呪いの家は、俺の実家がある住宅街の端に建っている。ちょっとした林があり、その中にあるのだ。

 元は立派な屋敷だったのだろうが、塀は崩れ、屋根の瓦もところどころ落ち、見るからに呪われそうなぼろい建物だった。


 女の子をひとりも誘えなかったことをぼやきながら、それぞれスマホのライトを頼りに呪いの家へと入る。中も相当な荒れようで、廊下や畳敷きの部屋は床が抜けている部分もあった。家財道具といったものはほとんどない。

 特になにもない廃墟だなと思いつつ、二階の部屋へと踏み込む。


 踏んだ床がなんだか沈んだと思った瞬間、ずぼぉっと抜けて俺は一階へと落ちた。


「おい大丈夫か?」


 天井の穴からY先輩の声がする。それに返事をしようとした、まさにそのとき。


 ずる、ずる、ずる、と闇の中から何かが這いずって来る音がした。


「……ろ……せろ……」


 しわがれた声が、近づいてくる。

 スマホのライトで照らすと、乱れた白髪頭の何者かが俺に迫ってきていた。

 人間本当にビビったときは、声が出ない。

 しかも情けないことに、腰は簡単に抜けてしまった。後ずさりもできず震える俺に、それが迫ってくる。


 俺の異変に気付いたのか、上の階からはY先輩とHが走る足音がした。


「い……せろ……」


 腰が抜けた俺に迫るそれが、俺に顔を見せた。


 それはたぶん、着物を着た婆さんだ。髪も藤色の着物も乱れ放題だが、しわくちゃの口元には雑に紅がひかれている。

 目玉は、両方ともなかった。空洞だ。


 婆さんと思しきそいつが俺にのしかかり、ひんやりとした両手で俺の顔を掴む。


「いわ……ろ……」


 婆さんと思しきそいつが、唸るように言葉を紡ぐ。


「いわ、わ、せろ」


 ……は?


 いわわせろ?


「えっ、え? ……あっ」


 『祝わせろ』ってことか?

 なんだかもうよく分からない状況だが、めでたいことでも話せばいいのか?


「えっと、あの、第一志望の大学に、合格、しました」


 震える声を絞り出して、なんとかめでたいことを口にする。


「……おめでとう」


 婆さんと思しきそいつはにやりと笑うと、すうっと消えていった。


「K!」


 直後、俺の名前を呼びながらY先輩とHが部屋に飛び込んできた。腰の抜けた俺を二人で両脇から抱えてくれて、呪いの家から出る。

 家の玄関を出ようとしたとき、


「また来てね……」


 そんなしわがれた声が聞こえた気がした。


***


 それから時は流れ、正月。帰省した俺は、昼間にひとり呪いの家に来ていた。夏休みに聞いた「また来てね」という言葉が、どうにもひっかかっていたのだ、

 雪が降らない地方というのが幸いして、俺は簡単に呪いの家に辿り着くことができた。律儀に玄関から中に入る。


「ひいっ」


 入った瞬間、俺はそんな情けない声を上げた。

 埃だらけの框に、あの婆さんと思しきものが正座していた。

 相変わらず両目はないが、こころなしか着物の乱れが直っているような気がする。


「祝わせろ……」


 婆さんと思しきそいつは、はっきりとそう言った。


「あの、生まれて初めて、彼女が、できました」


 おそるおそるそう伝えると、


「おめでとう……」


 婆さんと思しきそいつは、ニタリと笑い、すうっと姿を消した。


 それから俺は、ことあるごとに呪いの家へと足を運ぶようになった。どうもあの婆さんを、悪いものと思えなかったのだ。


 無事に進級できたこと。

 片親で俺を育ててくれた母さんに、恋人ができたこと。

 母さんが再婚したこと。

 大学を卒業できたこと。

 憧れの会社に入社できたこと。

 彼女と入籍すること。


 めでたいことがあるたびに、俺はそれを呪いの家で報告した。

 そのたびに、あいつの姿はどんどんまともになっていった。


 乱れ髪は綺麗に結い上げられて。

 両目には眼球が戻り。

 小綺麗に化粧をして。


 そしてついに、呪いの家にも変化が起き始めた。

 あれだけぼろぼろだったのに、俺がめでたいことを報告するたびに少しずつ綺麗になり出したのだ。


***


 俺が初めてあの家に行ってから、もう二十年以上が経つ。

 すっかり綺麗になったあの家は売り家になり、知らない家族が住んでいる。


 さすがに中には入らないけれど、林のそばを通ると、小柄な老婆を見かけることがある。あの婆さんだ。なんとも綺麗な装いになった婆さんに、今日も報告する。


「不妊治療がうまくいって、妻が身ごもりました」


 その言葉を聞くと、婆さんはまるで花が咲くように明るい笑顔を浮かべてくれた。


「おめでとう」


 いつものようにそう言って、すうっと姿を消す。

 そこを離れようとしたら、婆さんの声がした。


「ありがとう」


 たった一言、風に乗ってそう聞こえた気がした。


 違うよ、婆さん。ありがとうというのは、きっと俺の方だ。

 婆さんにめでたいことを報告するたびに、必ず次のめでたい出来事がやってくる。


 どんどん綺麗になり、屋敷も立派に戻って、そこに住む家族を手に入れた婆さん。

 婆さんが幸せになるほどに、幸せになる俺。


 たぶん俺たちは、幸せのお裾分けをし合ってきたんじゃないかと思っている。

 だから俺は、婆さんが宿るその家を、こう呼ぶことにした。

 『祝いの家』、と。

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祝いの家 Akira Clementi @daybreak0224

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